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蝉の鳴く日

九日目。

「眠れないのか?」
 上から声がする。
「ああ、怖いんだ」
 男は震えた声を出す。
「どうした?」
「人を殺したんだ」
「俺は毎日殺してる」
 上の兵士はつまらなそうに言う。
「俺は初めてだったんだ」
「そうか」
「そうさ」
 男はうわ言のように続ける。
「子どもだったんだ」
「子ども?」
「女だった」
「・・・脱走したんなら仕方ないだろう」
 上の兵士は言う。暗闇に兵士達の呻き声が混じっている。遠くの方で微かに悲鳴が聞こえた。
「その女・・・妊娠してたんだ」
「・・・そうか」
「臨月だったんだ」
「そうか・・・」
 上の兵士は同じ言葉を繰り返す。
「その死体をどうした?」
「皆が喰った」
「お前は?」
「食えなかった」
「俺なら喰うぞ」
 上の兵士は囁く。「今度は喰え」
「・・・努力する」

十日目。

「起きているかい?」
 男が声を掛ける。
「眠っている」
 上の兵士は答える。
「今日も眠れないんだ」
「話しかけないでくれ」
 上の兵士の声は珍しく苛々していた。
「何があった?」
 男は問う。
 上の兵士は低い声で言う。
「・・・味方を殺した」
 男はそれを聞いて動揺した。「なぜ?」
「捕虜を犯していたからさ」
「それくらいで・・・」と思わず言った。
 沈黙。
「お前も死ね」

十一日目。

 空のベッドが目立つようになった。
 月明かりに照らされる兵士達の顔は傷だらけで、誰かに呪われているような苦悶の表情を浮かべていた。
 男はひとつ寝返りを打った。
 上からは軋みが聞こえない。寝息も聞こえない。
「なあ」
 男は口を開く。
 ・・・返事もない。

十二日目。

「眠っているかい?」
 男が声を掛ける。
「いや。起きている」
 上から声がする。
「昨日はどうしたんだ?」
 男は訊く。
「どうした、とは?」
 上の兵士は聞き返す。
「いなかったろう?」
「あああ・・・」
 上の兵士は気の抜けた声を出す。
「昨日は別のベッドにいたのさ」
「別?」
「手術台の上だ」
「・・・なぜ?」と思わず訊く。
「手が吹っ飛んだからさ」
 上から感情のこもっていない声が返ってくる。
「右?左?」
「両方さ」
「両方?」
「もう戦場には行けない」
 上の兵士の声が低くなった。
 隙間風が甲高い音を立て、頬に冷たい空気が触れる。
 男は震えながらも問う。
「どうしてそんな怪我なのに、ここにいるんだ?」
「捨てられたのさ」
「捨てられた?」
「もう俺は死人と同じだ」
 上から聞こえる不気味なほど冷静な声。
「でも生きている」
「そうだな」
「呼吸もしている」
「ああ」
「俺と話もできている」
「・・・ああ」

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