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「眠れないのか?」
上から声がする。
「ああ、怖いんだ」
男は震えた声を出す。
「どうした?」
「人を殺したんだ」
「俺は毎日殺してる」
上の兵士はつまらなそうに言う。
「俺は初めてだったんだ」
「そうか」
「そうさ」
男はうわ言のように続ける。
「子どもだったんだ」
「子ども?」
「女だった」
「・・・脱走したんなら仕方ないだろう」
上の兵士は言う。暗闇に兵士達の呻き声が混じっている。遠くの方で微かに悲鳴が聞こえた。
「その女・・・妊娠してたんだ」
「・・・そうか」
「臨月だったんだ」
「そうか・・・」
上の兵士は同じ言葉を繰り返す。
「その死体をどうした?」
「皆が喰った」
「お前は?」
「食えなかった」
「俺なら喰うぞ」
上の兵士は囁く。「今度は喰え」
「・・・努力する」
「起きているかい?」
男が声を掛ける。
「眠っている」
上の兵士は答える。
「今日も眠れないんだ」
「話しかけないでくれ」
上の兵士の声は珍しく苛々していた。
「何があった?」
男は問う。
上の兵士は低い声で言う。
「・・・味方を殺した」
男はそれを聞いて動揺した。「なぜ?」
「捕虜を犯していたからさ」
「それくらいで・・・」と思わず言った。
沈黙。
「お前も死ね」
空のベッドが目立つようになった。
月明かりに照らされる兵士達の顔は傷だらけで、誰かに呪われているような苦悶の表情を浮かべていた。
男はひとつ寝返りを打った。
上からは軋みが聞こえない。寝息も聞こえない。
「なあ」
男は口を開く。
・・・返事もない。
「眠っているかい?」
男が声を掛ける。
「いや。起きている」
上から声がする。
「昨日はどうしたんだ?」
男は訊く。
「どうした、とは?」
上の兵士は聞き返す。
「いなかったろう?」
「あああ・・・」
上の兵士は気の抜けた声を出す。
「昨日は別のベッドにいたのさ」
「別?」
「手術台の上だ」
「・・・なぜ?」と思わず訊く。
「手が吹っ飛んだからさ」
上から感情のこもっていない声が返ってくる。
「右?左?」
「両方さ」
「両方?」
「もう戦場には行けない」
上の兵士の声が低くなった。
隙間風が甲高い音を立て、頬に冷たい空気が触れる。
男は震えながらも問う。
「どうしてそんな怪我なのに、ここにいるんだ?」
「捨てられたのさ」
「捨てられた?」
「もう俺は死人と同じだ」
上から聞こえる不気味なほど冷静な声。
「でも生きている」
「そうだな」
「呼吸もしている」
「ああ」
「俺と話もできている」
「・・・ああ」