何処まで来ただろうか。
 薄暗い林の中で、リーフは歩みを止めた。目の前に、自分を呼んでいた人物が現れたからである。
 ――薄紫の髪。深い緋色の瞳。
 紅い瞳でリーフを見つめて、彼女はにっこりと微笑んだ。
「久しぶりね」
「……ステラ? だけど、どうして」
「久しぶり、って言う程でもないかしら。でも、置いていかれた方としては随分長く感じられたわよ」
 肩に掛かった髪をさらりと払い、言う。
 いつも通りの黒のノースリーブに健康的な脚を覗かせたモスグリーンのハーフパンツ。まるで、イスライアからここまで何の荷物も持たずにやって来たかのような軽装だ。
「やっぱり、ステラだったんだ……」
「あら。リーフってばあたしの他に『リーフ』って呼んでくれるお友達でも出来たわけ? 全く、油断も隙もあったもんじゃないんだから」
「……また茶化す〜……」
 しおしおと小さくなったリーフの肩を叩き、冗談よ、と彼女は笑う。
「よく、ここが分かったね」
「キールに向かったって、アカデミーで聞いてきたから。それならここは確実に通るわ。それに」
 一旦言葉を切り、リーフの目を覗き込む。
「ずっと、テレパシー送ってたから」
「て、てれぱしー?」
「リーフ流に言ったら、そうじゃないの? 要するに、ずっとリーフの事考えてたって事よ。どう? ちゃんと、届いたでしょ?」
 それぐらい、あたしにだって出来るのよ、とステラは無意味に胸を張る。
「……え? じゃあ、さっきのは」
 だから、隣にいたベオには聞こえなかったのかと、ようやく理解する。耳に聞こえた声ではなく、彼の頭に直接届いた声だったのだから、どれほど近くにいたって他の人間に聞こえないのは当たり前だ。
「……で。何しに来たのさ」
 カーラ村に向かって歩き出しながら、ステラに問う。黙って出て行ってしまった手前、何を話して良いのか分からず、自然、照れ隠しのように突き放した言い方になった。
 だが。
 幼馴染は、その場に立ち止まったまま、着いてくる気配が無い。
 それに気がつき、リーフも足を止めた。
「ステラ……?」
「……一緒に、来てもらいたい所があるの」
 今まで見た事も無い、真剣な表情で彼女は告げた。
 ――さわりと。
 奇妙な風が、二人の間を駆け抜ける。


 ――それより少し、時は巻き戻る。


 異変が起こったのは、リーフがその場を離れてまもなくの事だった。先程と同じ、墓から少々離れた場所で村人達の行動を見守っていたベオは、すぐにその異変に気がついた。
 不穏な気配が、増えている。
 ……嫌な予感が、する。
 ベオの経験から言って、こういう類の予感は残念ながら外れた例が無い。
 彼は、愛用の銃の中身を確かめるとそれを右手に携え、慎重に墓へと近づいて行った。


「何や、ありゃあッ!?」
 エルゥが素っ頓狂な声を上げた。ティルもまた、彼と同じものを目にして一瞬だけ立ち止まる。
 どうやら村人達は墓地へと向かっているようだという事は、二人の居る位置からもちらちらと確認出来る十字架等を見て見当はついていた。そして、彼らが一様に目指している場所が、一番端っこにある真新しい墓であるのだという事も、何とか視認出来る位置には居た。
 その、墓が。
 十字架が、突然激しく燃え上がった。
 それが、エルゥが素っ頓狂な声を上げ、ティルが一瞬立ち止まった原因である。炎の勢いに押し戻され、村人達が一斉に村の方へと駆け戻ってくる。
「何や、おもろい事が起こったみたいやなッ!」
 弾んだ声で言い、エルゥは羽を広げて飛びあがった。同時に、右手に持った愛用の槍の穂先にかけてあった袋を取り去る。出掛けに、松明代わりにとリリィに掛けてもらった灯火ライトの光が、遮断するものがなくなり、辺りを煌々と照らし出す。
「わいは先に行っとるで! 魚とおもろい事は鮮度が命やからなッ!」
「何だよ、それ」
 苦笑を浮かべて返したティルに、「まぁ、そういうこっちゃ」と多分エルゥにしか分からないであろう返事を投げて、押し寄せる村人達の頭の上を飛んで行く。彼を見送っていたのも束の間で、ティルも親友の後を追いかけて走り出した。途中、逆走してくる村人の一団とすれ違うが、職業柄、人ごみの中を上手くすり抜ける術はよく心得ている。それに、こういう時だけはイグナーダの小柄な身体は役に立つと、悔しいが認めざるを得なかった。
 そうやって、ティルが問題の墓についた時。
 墓を遠巻きにして見ている、逃げ出さなかった数人の村人達が、焼け落ちた十字架を見つめていた。正確には、まだ火の燻っている灰と化した十字架の上に立つ男を、だ。少し離れて、エルゥが男の正面に降りて槍を構えている。その姿を認め、ティルも彼の横へと移動した。
 墓の上に立っている男は、村人達と変わらないように見えた。何処にでもいる、特に特徴も無い、普通の男。ティルがここについた時にはもう、この状態になっていたのだから、彼には何が何だかさっぱり分からない。身構えているわけでもない、況してや武装しているわけでもないただの村人に見える男に、何故エルゥが真剣に嘴を引き結んで槍を向けているのか、どうしてそんな彼の背後に小さく丸まって老人が隠れているのか。
 ティルが状況を飲み込めていないのが伝わったのだろう。エルゥが緊張した声で鋭く言った。
「気ィつけなあかんで。あの男、墓の中から出て来よったんや」
「え?」
 エルゥの構えている槍の穂先は、まだ灯火ライトの効果が持続しており明かりを放っている。その、白い明かりに照らされた俯き加減の男の顔は、少々顔色が悪くは見えるものの、これと言って特に変わった様子も見受けられない。が、エルゥの様子は真剣だった。
「……やはり、ヴぁんぱいあだったんじゃ……」
 震えた呟きは、エルゥの後ろに小さくなって隠れている老人の発したものだった。老人の言ったその言葉に驚いて、ティルは思わずその単語を反復する。
「ヴァンパイア……」
「多分、嘘やないで。何しろ、わいが着いた時、このじっちゃんに噛み付こうとしとったからな」
 その光景を見て、どうせならもう一寸美味しそうな人間を選んだらどうだとエルゥは思ったのだが、流石にそれは口には出さない。だから、エルゥの言葉を聞いたティルが、ほぼ同じ様な事を考えていたというのは知りえない事だった。妙なところでシンクロするのは長年の相性だろうか。
 雲が切れ、明るい月の光が辺りを照らした。
 夜にしては明るい光を浴びて、そういや今日は満月だったかと、ふとティルが考えた時だった。
 墓に立っている男が、同じ事を考えたのかどうかはともかく。
 今まで顔を伏せがちにしていた男は、明るい満月の光が墓地を照らし出したのとほぼ同時に顔を上げ、まず、自分に向けて真っ直ぐに槍を構えているエルゥを見つめた。そのまま、ティルや、エルゥの後ろに隠れている老人を順に見やり、少しゆるりと小首を傾げると、もう一度エルゥに視線を戻す。
 そして。
 にやりと口の端を大きく持ち上げ。
 ――嗤った。
 本来白目があるべき場所はぽっかりと黒い。瞳孔だけが血のような黒々とした紅い光を放っている。
 紅い瞳が、月の光を受けてぬらりと光る。
 エルゥの、槍を握る手に力が入ったのが、ティルにも見て取れた。
「……ティル。じっちゃんを、頼むで」
「分かった。俺は援護に回る」
 小声で素早く遣り取りをかわし、一瞬だけ視線を合わせて二人はにっと笑った。
「ほなッ! 戦闘開始や!」
 エルゥの声を合図に。
 その場にいる四人は、それぞれ動き出した。


「あ。目が、覚めましたか?」
 窓辺に寄りかかり、自身もうとうととしかかっていたリリィは、フィリエラが起き上がる音ではっと目を開けた。フィリエラは部屋の中をきょろきょろと見回して「ここは誰の部屋じゃ?」と彼女に問う。
「ティルとエルゥの部屋です。フィー様、ここで眠り込んでしまわれたのですよ?」
 語尾が上がり、そこには「覚えておられませんか?」というニュアンスが多分に含まれていた。それを察し、フィリエラは少し頬を膨らませて「疲れたのじゃ」と拗ねたようにぼそっと言う。
「無理をなさいましたね? 宝珠を持っていないのに、何か無茶をなさったのでしょう」
「わらわが悪いのではないぞ。ティルがあまりに不甲斐無いのがいけないのじゃ」
 彼女がこんな事を言うと、まるで小さな子供が言い訳をしているようにしか見えない。まぁ実際、言い訳という要素も多分に含んではいるのだろうが。
「それで。その二人は何処じゃ? 見当たらぬようじゃが」
 ベッドの上に座り直し、まだ少々眠たげに瞼を擦りながらリリィに問うた。リリィは窓から村の端を指差すと「あちらです」と答える。
「さっき、村人達が集まっていて面白そうだとか言いながら出て行きましたけど。多分、あちらでしょう。明かりが集まっていますから」
「……なるほど。わらわも、行くぞ」
「え? 一寸、フィー様……ッ」
 この少女がこんな状態になってしまうと、滅多な事では反応しなくなる。リリィにはそれが分かり切っていたし、何も無いのにこの状態に陥る事が無いというのもまた、分かり切っていた。
 だから。
 何も言わずに、彼女について行く。
 終末の聖母ラストマリアに仕えて補佐する事。
 それが、彼女の使命なのだから。


 ひゅっと風を切る歯切れの良い音がして、エルゥの振るう槍が無駄の無い綺麗な軌道を描く。灯火ライトの効果が持続し続け、白い明かりが灯ったままの刃先は、正確に相手の心臓を捉えたかに見えた。
 が。
 実際、男には掠りもせず、光を放つ刃先は虚しく空を斬っただけだ。先程からずっとこの繰り返しである。男は、エルゥの槍をヒットする寸前まで引き寄せ、最小限の動きでかわしているのだ。
 老人……長老を離れた位置まで避難させ、戦況を見守っていたティルは不自然な事に気が付いた。
 男は。
 決して、自分から攻撃を仕掛けない。
 それに、攻撃もかわすだけでそれ以上の行動に出ないのだ。ただ、エルゥに良いように攻撃させておいて、自分は紙一重のところでかわすだけである。それに意味があるとするなら。ティルの脳裏には、二つの選択肢しか浮かばなかった。
 一つは、何らかの時間稼ぎ。
 そしてもう一つは、エルゥを疲れさせてから一気に叩く。
 どちらにせよ、面白く無い。
 エルゥも、そんな不自然さに気が付いたようだ。愛用の槍を隙を見せずに構えてはいるが、攻撃を止め、少々様子を見るように距離を取る。
 両者の間に、不気味な沈黙が流れた。
 ――だが。
 この沈黙は、チャンスだ。
 二人が離れてくれたお陰で、手を出す事が出来る。
 ティルは一度、肩で軽く息をつくと小さく呪文の詠唱を始めた。エルゥがちらりと彼の方を見てにんまりと薄く笑って頷き、再度地を蹴った。
「わいらはな、鬼ごっこに付き合うとる程暇や無いんや!」
 言いながら突き出した槍を、男はやはり寸前まで引き寄せ、ふわりと左に避けた。
 ……が。
 ずん、と深い衝撃が男の身体を襲う。エルゥが、突き出した槍を力任せに真横に薙ぎ払ったのだ。槍は深々と男の脇腹に食い込んでいる。
 きょとん、と不思議そうな顔をして、男はエルゥを眺めた。
「槍ちゅうんは、刺すだけが使い道やないんやで? 覚えときぃや」
 にっと嘴を突き出し、彼は空へと飛び上がる。
 直後、エルゥの後方から飛んで来た巨大な火球が、まだ不思議そうな表情を貼り付けたままの男に直撃した。火球は男を中心に、周りのものも巻き込みながら連鎖的に大爆発を起こす。満月の明かりを超え、辺りは一瞬昼間のような明るさに包まれたが、それも刹那の時間。すぐに月明かりの夜が戻って来る。
 その様子を上から見物し、もうもうと立ち上る土煙を避けながらゆっくりとエルゥは下りて来た。ぶすぶすと音を立てる地面におっかなびっくり足を付けると、エルゥは呆れた声で言う。
「何やまたエラい派手な術を使うたもんやなぁ。これやったら、周りの仏さんもみぃーんな火葬になってまうで」
「これ、なら、避けられないだろ?」
 肩で大きく息をしながら、ティルが言う。爆裂火球エクスプロージョン――火の精霊魔法でもかなり上位に位置する魔法だ――使い慣れない大きな魔法を使った為に、精神の疲労が激しいのだ。
 確かになぁ、とエルゥは言って、墓があった辺りを見やる。火球が炸裂した辺りはまだ土煙に覆われていて、灯火ライトの明かりだけではとても中まで見通せそうにない。
「わいも避けられんかったら丸焼けになるところやったわ。連携プレーとミスっちゅうんはホンマに紙一重やなぁ」
 ティルへと向き直って言ったその言葉には、多少非難めいたニュアンスも含まれていたが、それはエルゥの演技だろう。ティルはその場にへたり込みながら「そうだね」と素っ気無く返す。
「ま、わいはティルの呪文の詠唱時間、頭にびしっと叩き込んどるからなぁ。わいやなきゃ避けられない絶妙のタイミングだったやろ?」
「……効果を見るまで、何の呪文か分からなかったのに?」
 苦笑いを浮かべて言ったティルに、エルゥは「勘や、勘!」と厚い胸板を張って笑う。
「せやけどな、今度あんな術使うつもりやったら先に教えといてーな。わいはまだ、鳥の丸焼きにはなりとうないんや。わいの事やから、食っても絶品やとは思うけどな、まだまだ美味しく頂かれとうはない。だからな、合図」
「そんなの、相手にもバレちゃうよ」
「それもそうやなぁ。……そや! 魔法毎にサイン決めとくとかはどうや? こう、ぼでぇらんげぇじ、とかで」
「エルゥ一人でやっててよー」
「アホやな〜。一人でやっても意味無いやろが〜」
 まだ苦笑を浮かべたまま、それもそうだねーと返事を返したティルの上から、怒号が飛んだ。
「馬鹿者! まだ気配はぷんぷんしておるぞ!」
 フィリエラの、声だけは子供っぽい怒鳴り声が炸裂し。
 エルゥは声の主を捜し、ティルは言葉の意味を図りかねて後ろを振り向く。
「――ッ!」
 やっと収まりかけた土煙の中に、確かに人影を認めてティルが息を飲んだその時。
 ――パンパン……ッ!
 短いが夜を切り裂く鋭い音が二度程響き、煙の中の人影は倒れ込んだ。否、倒れるというよりは崩れ落ちた、と言った方が良いかもしれない。ぐずり、と人影は形を無くして消え失せる。
 ティルは立ち上がると、音のした方を見た。少し離れた場所に、長老と一緒に立っている人物がいる。帽子の下からはみ出した犬の耳と、コートの下からも分かる犬の尻尾が認められるという事は、自分と同じ(ティルは決して認めたくは無いのだけれど)イグナーダだろう。真逆、犬の耳と尻尾をつけた人間ではあるまい。
 そのイグナーダは、右手に銃を持っていた。先程の音の正体はこれだろう。彼は銃をコートの中に仕舞い、長老と共にティル達の方へとやって来る。同時に、フィリエラとリリィも集まって来た。
「あの……ありがとう、ございます」
 相手のイグナーダ――ベオにとりあえずは礼を言う。知らない顔だが、自分達を助けてくれた事には違いない。ベオは軽く笑って見せたが、その黒い瞳はティルを通り越して後ろの煙の中を注視していた。
「レッサー・ヴァンパイアは、自分を創り出した者の力の強さによって本人の強さも決まる。今の奴は、かなり力を持ったヴァンパイアに血を吸われたみたいだな」
 社交辞令の笑顔をかき消し、ぼそりと言う。
「君達の攻撃を受けて、復活するのが早かっただろう?」
「せやなー。あんな早ぅ復活されてしもたら心臓に杭を打つ暇も無いで」
「まぁ今回は、そのお陰ですぐに倒す事が出来たんだがな」
「――銀の、弾丸」
 まるで。
 こんな事態を予期していたかのように。
「私は、色々と厄介事に巻き込まれやすい性質でね」
 腑に落ちない表情で弾丸を見つめるティルに気が付いたのだろう。まるで、言い訳のような台詞を言い。
「全く。これを頼まれたのは、本来私では無かったはずなんだがな」
 とぽりぽりと頬を掻きながら続けた。本当に困っているような仕草である。隣で、長老がすがる様な視線を送り続けているのもまた、彼を困らせている要因だろう。
 ティルもとりあえず名前を名乗り、簡単に戦闘の状況を説明した。後方で、フィリエラがイライラした様子でリリィに何事か言っているのが聞こえてくる。
「……ふむ。何も、仕掛けては来なかったんだな?」
「せや。なぁんも攻撃してこんかったで。ただ、こっちの攻撃をひらりひらりと葉っぱみたいにかわすだけや。全く、やりにくいったらありゃせんかったわ」
 難しい顔で黙り込んだベオとは対照的な、エルゥの耳障りのよく無いダミ声が響く。
「せやから、仕方なくわいとティルで連携プレーを決行したんや。ホンマは、二人がかりっちゅうんは数の暴力みたいで嫌だったんやけどな、この際」
「そんな事をべらべらと悠長に話している暇があるなら早く親玉を叩きに行くのじゃ、全く馬鹿者共め!」
「親……玉?」
 とうとう堪忍袋の緒を切らせ、エルゥの台詞に割り込んだ美少女の言葉の意味をすぐに理解出来た者はいなかった。だから、一度台詞を噛み砕いて反芻して、頭に認識させるという作業が必要になる。その作業をしている間は、美少女の独壇場だった。
「分からんのか! あんな雑魚は時間稼ぎに決まっておろうに! 親玉は近くにおるぞ。何を企んでるかは知らんが、嫌な気配がぷんぷんするわい」
 眉を吊り上げながら、ティルにびしっと指を突きつける。
「大体、お主が不甲斐無いのがいけないのじゃ。お主は戦況を見ていたのじゃろう? だったら何故、あれが時間稼ぎの使い捨てじゃという事ぐらいすぐに気付かなかったのじゃ!」
「じ……時間稼ぎだって事ぐらい――!」
「ほぅ、気付いておったか。ならば、何故それに付き合ったのじゃ?」
 容姿とまるで吊り合わない冷たい声で問われ、ティルは返す言葉を見つけられなかった。
 確かに。
 確かに、そこまで気が付いたのなら。
 何故それに付き合ったのか。時間稼ぎをするという事は、他に何らかの目的がある、という事なのに。  それなのに、わざわざ付き合ってしまった。何故もっと深く考えなかったのか。誰が何の為の時間稼ぎなのかは分からないが、これではすっかり相手の思う壺じゃないか。
 フィリエラは、塞ぎ込み、考え込んだティルをほんの少しだけ見つめ、すぐに歩き出す。リリィも一瞬ティルに目をやったが、すぐにフィリエラの後に続いた。
「今は、その事を反省する時間ではないぞ。嫌な予感が収まらぬわ」
「私も、行こう。嫌な気配については、同意見だからな」
 それに。
 この気配には、覚えがある。
 独り言のように続けたベオをちらりと見上げ、勝手にするが良い、と小さく言う。お主、鼻が利くようだな、と付け加えた。
 三人の背中を見つめ、ついて行こうと歩き出したティルの肩を、エルゥがぽんっと叩く。立ち止まって彼の顔を見ると、気にする事ないで、と顔に書いてあった。そして実際、エルゥはそう言った。
「なぁんも気にする事ないで、ティル。嫌な予感、やろ? 予感なんて曖昧なモン、感じる奴と感じない奴がおって当たり前や。フィーちゃんとあのイグナーダは分かる。わいらは分からん。それだけの話やろ」
 まぁ、今はついて行った方が良さそうやけどもな、と彼は付け加え、もう一度、今度はばしぃっと思いっきり力を込めて背中を叩く。背中に手形がついたんじゃなかろうかと思う程の強さで叩かれ、ティルはびくんと背筋を伸ばした。
「なぁに凹んどるんや。分からんもんは分からん。それでエエやないか」
 楽観的な、エルゥらしい意見だった。
 それに。
「結局何が起こっとるのかまではフィーちゃん達だって知らんのや。だから、確かめに行くんやろ?」


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