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『――思った通り、合流してくれたみたいだね』 『それじゃあ、そろそろ始めようかな』 ――そう言って、少年は薄く、鮮やかに笑った。 コハクの発言に全員が動きを止めた時。 下の階から、腹の底に響くようなどおぉぉんという音が聞こえてきた。それにともない、建物自体も少々の揺れを感じる。地下であるこの場所がそれほど揺れる、という事は、今の衝撃はかなりものだったのだろう。もしかすると、地上にまで影響が出たかもしれない。 ちっ、と小さく舌打ちが聞こえ。 「始め……おったな……」 そう言ったフィリエラの口調は、何だかやたらと苦しそうで。 それを聞いたリリィが心配そうに小柄な少女に駆け寄るのが見えた。 ……少し、頭がぼーっとする。そう感じ、ティルは自分も気付かぬまま、額に手を当てていた。 何だろう。 さっきまで、何ともなかったのに。 「お主……コハク、と言ったか。お主の言った事、信じるぞ」 リリィに支えられながら、苦しそうな息遣いのまま搾り出された言葉に、コハクは多少目を丸くしてみせたが、リアクションと言えるものはそれだけだった。その台詞が必ず返って来ると疑わずにいれるほど、彼は姉の神託を信じていたから。 例えそれが、どういう類いの神託であったとしても。 だから、フィリエラの言葉も、信じる事が出来る。 「ええ、姉の神託は、外れた事がありません」 言いながら、ふっとコハクの顔に一瞬だけ、表れた感情がある。だが、それを見ていたものはこの場には、一人もいなかった。そしてまた、さっきと同じどぉぉぉんという音が地下から響いてくる。 「はよぅ逃げた方が良いんちゃうか?話なら外出てからでも出来るやろ」 「そうだな。そうした方が良い」 音の振動に合わせ、天上からぱらぱらと細かい破片のようなものが落ちてくるのを見上げながら、ベオが頷く。それを合図にでもしたように、皆が外の方へと早足で歩き出した。もしも、誰かが走り出したなら、皆一斉に走り出すだろう。 ただ一人。フィリエラを抜かして。 リリィの説得に全く応じようとせず、フィリエラは音が響いてくる地下への階段を降りようとする。まだ、先程と同じく、苦しそうな激しい息遣いのままだ。 「フィーちゃん……ホレ、わいに乗ってええで。はよぅ脱出せなあかんやろ、ここは」 見かねたエルゥがフィリエラの前まで戻って行くと、しゃがみ込んでそう言った。チェックスは人が乗れるほどの大きさはしていないが、それでも子供並の身長体重のフィリエラ一人ぐらいなら、背中に乗せて走る事は可能だろう。 「……ダメじゃ。この奥に、行かねばならんのじゃ」 ぽつり、とそう言い。 「わらわの宝珠を、見過ごす訳にはいかん」 「宝珠……?まさか……」 リリィが呆然と呟き、階段の下を見やる。黒々とした闇が広がる階段の下からは、先程の地鳴りのような音以外、何も聞こえてはこない。 「見過ごすわけにはいかないって言ったって……具合、悪いんだろ?」 宝珠と聞き、階段の方へと戻りながら言った言葉。それは、ティル自身にも当てはまる言葉だった。自分も何か、調子が悪い。多分、あの音が聞こえ始めてから、フィリエラの具合が悪くなってからの事だ。何だか奇妙に、頭が痛い。 早く、この場から離れてしまいたい。 「分からんのか……?まさかお主、今、何も感じていないわけではあるまい……?」 そう言うと、フィリエラは手を伸ばして、ティルの腰に下がっているナイフを抜き取った。 「……あ……れ?」 きりきりとしていた頭痛が、すっと引いた。 「……わらわの力の付与されたモノを身につけていたから……じゃな。しかもお主は、わらわと反する闇の力を持つ者。光の力への反応も敏感じゃろう」 「けど……さっきまでは何とも無かった。何でいきなり……」 ティルの問いに、フィリエラは少し沈黙する。相変わらずの苦しそうな息遣いではあるが、先程と比べたなら少しは落ち着いてきたのかもしれない。少なくとも、少しは呼吸をコントロール出来るようになったのは、確かだった。 「何者かが、宝珠を使おうとしておるからじゃよ。その、拒否反応じゃ」 もちろん、普通の者には扱えぬがな、と苦々しく呟き。 「……どういう、事です?」 そう、言葉を挟んだのはコハクだ。その声に、わずかに緊張が混じっているように聞こえる。 問われたフィリエラは、さぁのぅ、と首を横に振った。 「わらわにも、分からぬのじゃよ。じゃが、この中に宝珠がある事は、確かなのじゃ。この目で、しっかりと見たのじゃからな」 リリィに支えられながら、少女は階段の下を睨みつけた。 「……じゃあ、それを取り返して来たら、良いのかな?」 何となく、そんな台詞が口をついていた。軽い気持ちで言ったのでも、一生懸命考えて言った言葉でも無い。ただ、普通に口を開いたら出てしまった言葉。 それでも、フィリエラは少々驚いたような顔をした。 「……行って、くれるのか?」 「どうせ、止めたって行くんだろ?だったら、俺が行く。流石に、そんな身体で行かせるわけにはいかないよ」 「……せやな。そういう事なら、わいもティルと一緒に行くで。ちゃっちゃっと行ってちゃっちゃと宝珠持って帰って来るさかい、フィーちゃんは、ここでリリィちゃんと待っとるんがええ」 「……宝珠に近付いたら、ナイフを持っていなくともお主には反応が出るぞ」 厳しい顔で言ったフィリエラの言葉に、ティルは少しだけ、笑みを浮かべた。多分、場違いな笑みだっただろうと、自分自身でも思う。 「そうだろうと、思う。だけど、さっき言ったよね?相反する力を持っているから反応が強く出るって。だったら、光の宝珠の力に一番対抗出来るのは、俺の宝珠の力だろう?それなら、俺が行かないと」 「……力が、扱えないのに、か?」 ぼそりと突っ込まれて浮かべた苦笑は、今度は場の空気に合い過ぎなほど合っている表情だった。全く、この状況でしっかりそれを突っ込んでくれるか、とティルは心の中でぼやく。 「扱えるように、なってるかもしれないし……。それに、今はそれしか……?」 フィリエラの右手が、小さな背を精一杯伸ばして、ティルの額に触れた。ぽぅっと一瞬、暖かくなったような気がしたが、それはすぐに消え、本当にそう感じたのかもあやふやだと思えてしまう。 「……今のは?」 「わらわからの、プレゼント、じゃ」 いつも通りのちょっといじわるな笑みを浮かべ、フィリエラはそう言った。 何だか、妙な感じがする。 あの音が聞こえてから、ずっと感じる違和感。 何だか、頭の奥がズキズキするような感覚。 ケインは、感じているのだろうか? 走りながら、前を行くケインの背中を見やる。見つめながら、何故さっきあんな話をしてしまったんだろうと、後悔の念にかられた。 ……全く、アタシは。 唐突に、ケインが足を止めた。あまりに唐突だったので、思わず彼にぶつかりそうになる。慌てて急ブレーキをかけ前方を見やると、ケインの前には大きな扉があった。 「危ないじゃないのサ、いきなり止まったりして」 「……おかしいと、思わないか?」 「……?何がサ。そりゃァ、充分おかしいさネ。そんなの、ここに入った時から思ってた事じゃないか」 「いや……そうじゃない。俺達がここに入った時は、人がいただろう?……今、ここまで来る時には、もちろん極力人には会わないように避けてきたつもりだが……それにしても、この通路には誰もいなかった、というのはおかしく無いか?」 真剣に言葉を選びながら言ったケインに、だったら最初からそうちゃんと説明してくれりゃ良いじゃないのサ、と一言突っ込みを入れ、 「まァ……。言われてみれば、そうかもしれないネェ……。つまり、アンタは、もしかしたらこの扉の場所まで知らない間に誘導されたのかもしれないと、そう言いたいわけなのかイ?」 ケインは慎重に頷き、 「ああ。何だか、嫌な予感がする」 吐き捨てるように呟いた。彼の目線につられ、エリザも目の前に立つ扉を下から見上げるように見てしまう。 「嫌な予感、ネェ……。でも、結局は中に入るんだろ?その為に来たんじゃ、ないのかイ?」 「そう、だな……」 そうだ。 俺は、この扉の内側に、入らなくてはならない。 中に何があるのか、確かめなくてはならない。 ――その為に、ここまで来たのだから。 ここで終わりか――それとも……。 左手をポケットに入れると、かさりと札の感触が指を伝わる。その感触を一枚一枚確かめながら、ケインは扉に右手をかけた。そんな彼の肩を、エリザがぽんっと軽く叩く。 「珍しい事もあったもんだネェ。力が入ってるのかイ?」 「……珍しいか?」 「そりゃア、思いっきり、ネェ。これ以上無い、ってぐらいは珍しいサ」 思いっきり、と、これ以上無い、という個所に、これでもかというぐらいに力を入れて放たれた彼女の言葉に、ケインは思わず苦笑を浮かべた。それと同時に、肩にかかっていたいらない力がすぅっと抜けていくのが感じられる。 「そこまで、はっきり言わなくても良いだろう?」 言いながらケインは、目の前の扉をゆっくりと押し開けた。 『――おや?』 『君達の方が先に来ちゃったのか。すぐに動くとは思わなかったね』 『もう少しできっと、感動のご対面が出来ると思うよ?』 ――尤も。 それまで、生きていられたらね。 もう一度、今一度。 今度は一番大きな揺れが、建物を襲った。 「何や何や!!全く、何が起こっとるんや、ここはっ!!」 走りながら、エルゥが誰にとも無く怒鳴る。ぱらぱらと落ちてくる土埃が、先程より多くなったように感じられるのは、気の所為だろうか。 結局、階段を降りて宝珠の元へと向かっているのは、ティル、エルゥ、コハク、フェリルの4人である。ベオとリーフ、そしてリリィは、フィリエラを気遣って上の階に残ったのだ。残る一人のノースは、ティルに付いてくるなと押し切られて渋々残る羽目になったのだけれど。 「そういやーな。地上で何や鍵掛けて閉じ込められてたんヤツラは、あんたがやったんか?」 エルゥは、黙っているという事が本当に苦手な性分である。先程自分が怒鳴った言葉に誰からも答えが返ってこないという事を悟って、今度は前を走るフェリルに標的を定めたらしい。フェリルは少しの沈黙の後、「そうだけど、そうじゃない」と非常に曖昧な答えを返して寄越した。 「気絶させたのは、俺だけどな。けど、 「……仲間がいるって事?」 階段を降りてからずっと黙りこくっていたティルが、短く質問を返す。先頭を行く彼は、とりあえず人がいない通路を進むように選んでいた。わざわざ進んでごたごたを起こすのも面倒だし、それに何より、目的の場所につくのが遅くなる。そうなってしまうと、最悪、宝珠を持ち逃げされてしまう可能性だって出てきてしまうのだから、それは当然の判断と言えた。 ティルの質問に、フェリルはあからさまに首をぶんぶんと横に振った。 「いや。依頼人だ」 「依頼人?」 「ああ、そうだ。ただの依頼人だよ。詳しく話す必要も無いし、これ以上話すつもりも無いけどな」 仲間なのかそうじゃないのか。それだけの質問なんだから、これで充分だろう?とフェリルは言い、ティルもそれ以上突っ込んで聞く事をしなかったので、また四人の間には沈黙が流れた。唯一、エルゥだけは一体何の依頼人なのかというところまで聞かないなんて勿体無い、というような顔をしていたのだけれど。 「……ですけれど……。そうだとするなら、貴方の依頼人は、今何処にいるのです?」 穏やかな口調で、コハクが言った。前の自分の言葉から大分時間が経っていたので、まだこの話題が続いていたのか、と思いつつも「さぁな」とだけ短く返す。 ……本音を言えるなら。 このまま、会う事が無いっていうのが一番なんだけどよ。 喉にまで上がってきたその言葉を、何とか飲み込んだ。 「良いのですか?依頼人を放っておいて」 コハクのそれは、ハタから聞いていれば至極尤もな質問だっただろう。フェリルはそれには答えず(恐らく、意図的に無視したのだろうとコハクは見当を付け、小さくため息をついた)、先頭のティルに話し掛ける。 「行き止まりだ。どーすんだ、その扉?」 そこはつまり、先程ケインとエリザが辿り着いた扉である。その扉を見上げ、コハクが言う。 「別の道は、多分ありませんよ。どうやら私達は、ここへ誘導されていたようですからね」 「どうゆうこっちゃ?」 『ちょうど良いところへ来てくれたみたいだよ』 『それじゃあ、感動のご対面、と行ってみようかな?』 ……覚悟は、出来た? ――ずきんっ、と頭が痛んだ。 閉められた扉の隙間から洩れてきた白い光。 それは、一瞬だけ光り輝いてすぐに消える。頭の痛みも、光の強さに比例して弱まった。 相反する力を持つ自分には、光の力の影響が強く出る――。 それならやはり、この光は。 誘導されていたのだと、コハクが言っていた。だけど、どうせ自分達が向かっていたのは、この光の宝珠がある場所なのだから、誘導だろうと何だろうと同じ事だ。問題はそこでは無く、恐らく宝珠を誰かが作動させているのだ、というところである。 ……そう。 フィリエラ以外に、まともに扱える人間がいるはずが無い宝珠。その宝珠が光を放っているという事は、使おうとして暴走させているのか、それとも―― ――本当に、扱えてしまっているのか。 でも、だとしたら、どうやって……? そこまで考えた時、ぽんっと肩に手が置かれた。振り返ると、コハクが小さく苦笑を浮かべて首を振る。 「入るのか入らないのか。早いトコはっきりしてくれや。入らねぇならそこどきな。俺は、わざわざ誘導してまで来させた場所に何があるのか、興味があるからな」 ぼそりと、だが語彙は鋭い。そしてそのまま、ティル達の答えを聞かずに、扉を開けようと取っ手に手をかける。 また、頭がずきずきと痛み出した。 「フェリル。今、開けちゃダメだ」 「……ちっ。エリザ、もう一発、防げるか?」 そんな、自分の声に被さるように聞こえてきたのは、フェリルからの返答では無かった。それどころか、この場にいる誰のものでも無い。その声が聞こえたのか、フェリルは舌打ちをして取ってから手を離した。 今のは―― 扉の中から、聞こえてきた―― 聞き覚えのある、声。 「……今、開けるなって……」 「ティルさん!今、開けるのはっ……!」 ぼやくような調子で言ったフェリルと、珍しく語調を荒げたコハクの声を聞きながら、ティルは取ってを掴み、一気に押し開けた。いつもなら、流石に今は扉を開けるべき状況では無いのだろうという事ぐらい判断する事が出来ただろう。しかし、今部屋の中から聞こえてきた男の声は、彼にそんな判断すら出来なくさせてしまうほどの影響力を持っていた。 開け放たれた扉を通って、眩しい程の光が目に飛び込んでくる。ティルは、頭の痛みも忘れ、目が慣れる時間も惜しいというように、部屋の中を見回した。 「……おっちゃん」 そこに居たのは、あの時と同じく場違いな白衣を纏った、一人の男。 ティルの秘密を知っているかもしれない男。 ――ケイン=フェスウィンター。 「……ティル、か?」 彼の呼びかけから一瞬のタイムラグを置き、相手からの反応が帰って来る。ティルの予想とは違い、男は少し動揺しているように見えた。 ……聞きたい事が、たくさんあるよ。おっちゃん。 そう、ティルはぽつりと呟いた。 「感動のご対面だね」 ハイトーンな少年の声とともに、ぱちぱちぱちと、手を叩いているだけの拍手の音が部屋に響く。 「じゃ、これでもう終わりにして良いよねぇ?」 |