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声と共に、部屋中に光が満ちる。 一旦満ちた光は、しゅうう、というような音を立てて、声を発した少年の立っている辺りに収束して行く。そこに立つ青い髪の少年の手の中に、小さな宝石のような物が握られていた。 ――アレが、光の宝珠? でも、そんな事より。 ずきずきとした頭の痛みが再度襲ってくる。 ――どうしておっちゃんがこんなところに……? 「ティル!何ぼーっとしとるんやっ!!」 エルゥの怒鳴り声。「しっかりせぇっ!」と言いながら、ど派手な色をしたチェックスは彼の方へと走り寄ってきた。コハクは部屋の入り口で札を取り出し、呪文を唱えだしている。異国の言葉で紡がれる呪文は焦りの為か、相当早口になっていた。 「エルゥ……。俺、聞きたい事が……」 「そんなんは後や、後っ!!後でいくらでも質問するがええっ!!」 「いや、今じゃないとダメだ。今じゃないと、いなくなっちゃうかもしれないから……っ」 ずきずき痛む頭と、昔にタイムスリップしている思考回路。ティルにはすでに、光の宝珠の事など、考えられなくなっていた。思いがけない場所で、一番会いたかった人物に出会ってしまったから。 最悪の、タイミングだったけれど。 二人の遣り取りを横目で見ながら、コハクは呪文の詠唱を急ぐ。光が集まってしまったら、相手の術が発動するだろう。それまでに、自分の術は間に合うのだろうか――。 それ以前に、自分の術は、通用するのだろうか……。 弱気な考えが、コハクの脳裏に浮んだ。そんな彼の額を、汗が伝って落ちていく。札を持つ手に力が入る。 「ティル。落ち着けゆーとるんやっ!!状況を見てみぃっ!!」 「嫌だっ!今じゃないと……っ!!おっちゃん、聞こえてるんだろ!?おっちゃんっ!!」 まるで、ぶん殴りそうな勢いのエルゥの怒鳴り声と、その声が聞こえているのかいないのか、ケインに向かって叫ぶティル。エルゥはほとんどそんな彼を引きずるような格好で、少しずつでもティルを部屋の外に連れ出そうと躍起になっていた。 「何だか色々頑張ってるみたいだけど」 そこに被さる、少年の、声。 ティルの目線は、ケインに釘付けになったままだ。 コハクの術が、完成する。 ケインが、ティルの方を見た。視線が、正面からぶつかり合う。 言葉が、押さえられない。 少年が、両手を彼らの方へと突き出した。 「……これで終わり、だよ」 「……俺を犬にしたのは、おっちゃんだったのかよぉッ!!!」 抑揚の無い静かな少年の言葉と、心の底から叫んだようなティルの言葉と。 それに被さるように発動の言葉を叫んだコハクの声と、少年の持つ宝珠からほとばしった光が起こした爆発音が、奇妙なカルテットを奏でた。 ――ふわっと柔らかな感覚。 目を閉じていても、少年から放たれた光が拡散して消えたのが分かった。 「……これだけの力も、防げるんだ。ちょっと、びっくりだよ」 台詞とは裏腹に、毛ほどもびっくりしていないような無感情な声。そんな少年の声が聞こえ、咄嗟に目を瞑っていたエルゥはゆっくりと目を開いた。 そんなエルゥの視界にまず飛び込んできたのは、ぺたりと座り込んでいるティルの姿である。ほんのちょっと前に叫んだ彼の言葉を聞いてしまった以上、流石のエルゥも「何やっとるん」と声を掛ける事は出来なかった。だが確認出来たものがそれだけでは、先程の少年の言葉が一体誰に向けられたものなのか、見当も付かない。 「これはちょっと、面倒かな」 ホントの事言っちゃうと、君達まで現れてくれるとは予想がついてなかったからね、と彼は相変わらずの無感情な声で続ける。その言葉でエルゥは、一連の少年の言葉が、ティルがおっちゃんと呼んでいる人物に向けられているものだという事をやっと理解する事が出来た。 「 「そんな事より。自分の心配をした方が良いと思うぜ」 少年に負けず劣らず、無感情なフェリルの声。それは、少年のすぐ後ろから、聞こえてきた。 「わざわざ自分まで一緒に魔法に巻かれる馬鹿はいねぇからな。術者の近くにいるのが一番、安全だろう?」 ――チェックメイト。 いつの間に変身したのだろう。フェリルは少年のすぐ後ろに立ち、その鋭く尖った爪を彼の首筋に付き付けていた。それを見たコハクが、やれやれ、と言ったように首を竦めると、エルゥ達の方へとやって来る。 「一体何者なんですか、あの方達は」 「さぁな。わいは全く知らん。ライカンスロープだったんはちょっと驚きやったけどな」 「まぁ……それも、びっくりしましたけどね……」 言いながら、コハクはしゃがみ込み、床に落ちていた紙切れを拾う。 「何や、それ?」 エルゥが興味津々といった表情で、長い首を伸ばしてコハクの手元の紙を覗き込んだ。ちょうど、コハクが使う札と同じような大きさの紙である。何も書かれていない小さな紙を見つめ、コハクは一瞬だけ険しい顔になったが、すぐにいつも通りの柔らかな表情に戻ると、「さぁ?」とだけ返し、その紙を小さく纏めて懐に仕舞い込む。 そのまま少しの間、床を見つめていたが、ふと顔を上げるとその視線が宙を彷徨い、フェリルの方へと歩き出したケインの顔の上で止まった。そんな彼の視線には、先程見せた表情と一緒に浮んでいたような、強い光が灯っている。 ――まさか、扱える人間がいたなんてね。 懐に仕舞った紙切れを、着物の上から確認してみる。かさり、と小さな音がして、それは確かに存在するのだという事をはっきりとコハクに感じさせた。 ……紋章魔法。 あれだけの爆発を中和出来るほどの力を持った防御魔法は、宝珠魔法には有り得ない。。 少年が放った魔法を防いだのは、自分が使った防御魔法では無いという事は、使用した本人には分かり切っていた。 呪文詠唱の間に、相手の後ろに回りこんでいたフェリルがそんな魔法を使えるわけは無い。そうなると、ティルがおっちゃんと呼んでいる人物か、その横にいた褐色の肌の女か、どちらかが滅びたとされる紋章魔法を扱える、という事になる。どういう方法を使ったのかは、分からないが。 「あらァ?鳥さんだワ、鳥さん」 コハクの思考とこの場に立ち込める静寂を破ったのは、そんな台詞だった。心底嬉しそうな響きを持ったその言葉を発したのは、もちろんエリザである。壁際にいた彼女は、半分程放心状態のティルの側で珍しく沈黙しているエルゥを見つけ、小走りに寄って来た。 「何やねェちゃん。チェックスが珍しいんか?」 場違いなほど明るい雰囲気で自分の羽を突いたり引っ張ったりする褐色の肌の女には、流石のエルゥも面食らった様子だった。いや、場違いなほど、というより、これ以上無いほど完璧に場違いである。 「珍しいわよォ。こんな綺麗な羽をしたチェックスなんかサ」 にこにことそう言うと、「そーでもないがな」とまんざらでも無い風に苦笑いを浮かべて頭に手をやったエルゥの尾羽を「エィッ!」と一気に引っこ抜く。ぶっちんとかなり景気の良い音が辺りに響いた。 「あぁいたぁぁぁぁぁぁっ!!なッ、何するんやっ、いきなりっ!!!」 「いーじゃないのサ。たった一本で禿げるわけでも無し。記念に貰っといてもサ」 「そーゆー問題とちゃうわぁっ!!」 思わず声を荒げてしまうエルゥに対し、エリザは自分のペースを崩さない。少年の動きを封じながら、勝手に耳に飛び込んでくるその遣り取りにフェリルはそっとため息をついた。 なーんか……あのチェックス、他人な気が、しねぇ……。 「……何か、嫌な事でも思い出した?」 少年の、声。この状況でも、相変わらずの無感情な声だ。 「お前にゃ関係ねぇよ」 心の奥を見透かされたような気分になって、思わず声のトーンが上がりそうになる。それを無理に押し込めようとしたのを感じ取ったのだろう。少年は、ふと楽しそうに顔を歪めた。 「ふーん……。そうやってすぐに熱くなるところ、お母さんにそっくりだね」 ――どうしてあんたなんて産んでしまったんだろう。 まさか、力が発現してしまうなんて。 どうしてよりにもよって、あんただったのよ。 お母さん。 もう、変身しないから。 だから、お願い。 独りにしないで―― 「結局、捨てきれないでいるところも、そっくりだよ」 楽しそうな笑みを含んだその声は、フェリルのすぐ耳元で聞こえたような気がした。 まるで、頭の中に直接響いたかのような。 ――頭に、かぁっと血が昇っていくのが分かった。 「フェリル!待てっ!!」 何やら魔法の用意でもしていたのだろう。部屋の四隅に先程コハクが拾った紙と同じようなものを貼り、ちょうど印を結ぼうとしていたケインが珍しく焦ったような声を上げた。 「……てめぇなんかに、何が分かるよ」 そう呟いた声は、驚くほど冷静で。 ケインは焦る心を宥めながら印を結び、早口で呪文を紡ぎ始める。複雑な詠唱を必要とするこの魔法の効果を知っていながらも、今は長い詠唱時間が無性にもどかしかった。 「分かるよ」 今度は、深い哀愁のこもった響きを持っている台詞。 口から出る無感情な言葉より、まるで頭に響くように聞こえてくるこの声の方がずっと人間味があるように感じられるのは一体、何故なのだろう。 「分かるさ」 ちゃんと口から出たと確認出来た言葉は、はっとする程静かな声だった。それでも、思わず背筋がぞくりとしてしまうような冷たい響きを伴っている。 ……何だ? ……一体何なんだよ、コイツ……。 頭に昇った血が、すっと引いていく感覚。 「フェリル!!離れろっ!!」 唐突に、そんなティルの叫び声が聞こえ。 一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。 その一瞬のタイムラグを少年は見逃さない。 ふっと、青い髪の人物の姿がかき消える。 「――なッ!」 嫌な予感がして、反射的に身体を後ろに引いた。刹那、今の今までフェリルの頭があった場所をひゅっと何かが通り過ぎる。その風圧で、綺麗な金髪が数本、宙を舞った。 「だってさ」 何事も無かったかのようにそこに立つ、少年の姿は。 「僕も、ライカンスロープだから」 まだ年端のいかない少年らしい小柄な体形は変わらない。 だが今は、フェリルと同じく、人間は持ち得ないはずの太い円錐型の尻尾と、そして薄い比翼のついた羽が生えている。指に生えている爪も長く鋭く伸び、腕や足は微妙に人のそれとは異なっていた。よく目を凝らしてみると、耳の形も少しだけ尖っているように見える。その耳に光るのは、あの壊れた十字架のピアス。 何だか、アンバランスとも言えるような変化だった。 そして、あまりにも強力過ぎる、変化。 フェリルが何かを低く掠れた声で呟き、喉をこくんと鳴らした。 誰も聞き取る事が出来ないほど、小さい声で呟いたその言葉は。 「――竜……」 聞いた事だけは、あった。 竜に変身出来るライカンスロープもいるのだ――と。 だが、人の身にはあまりに強力過ぎる竜の力は、結局は己の身を滅ぼす事にしかならず、どれだけ血が薄くなろうともコントロール出来るような力では無かったはずだと、フェリルの頭の片隅に残る記憶が語りかけた。それだけ、竜の絶大な力は人の身体に、人の精神力には余る力だったのだと。 そのはずなのに。 コイツは、コントロール出来るのか……? もし、そうだとしたら―― ちらりと、ケインの方を見た。白衣の男は、一心不乱に早口で詠唱を続けている。 「何や、あいつは……」 そう、エルゥが呆然と呟いたのが聞こえた。彼と言い争っていたエリザの方は、目の前の緑の羽のチェックスよりも興味を惹くものが現れたため、エルゥとの口論を取り止めたらしい。何とも、現金な事だと思う。 「……一つ、質問しても良い?」 妙に落ち着いた、ティルの声。その声を聞いて、今までへたり込んでいたはずなのに、とつまらない考えが頭に浮んだ。ティルの質問は、たった今竜人へと変化を遂げた少年へと向けられたもので、問われた少年は、そのハイトーンな声で「何?」と了解の意を示す。 ティルは、少年を真っ直ぐに見据えてこう言った。 「君は……元からのライカンスロープなの?」 「……どういう、意味?」 今までほとんど表情を浮かべなかった少年の顔に、微かながら困惑の表情が浮ぶ。その表情を見て取ったのか、ティルは「そのままの意味だけど……。勘違いだったみたいだ」と質問を引っ込め、代わりに別の質問を口にした。 「俺達さ……。君が持ってる宝珠、返して貰いたくて来たんだけど……。返してくれる気は、あるかな?」 「ストレートですねぇ……」 苦笑混じりにぼやいたコハクに、こちらも苦笑を浮かべて頷きながら「まぁね」と返したティルの目には、ある意味、吹っ切れたような色が浮んでいた。何かを吹っ切ったような、諦めとも取れるような。 少年の方も、一瞬だけ目を丸く見開いて面食らったような顔をした。そういう表情をすると、彼がまだ十四、五歳の少年である事を実感する事が出来る。ティルと話し出してから、少年は少しずつ表情が増えていっているように見えた。 「面白いね。そんな事、いきなり聞かれるとは思わなかったよ」 「だってさ、俺達の目的はその宝珠なわけだし。素直に返してくれるならそれで良いんだ。別に君達結社とやらを追いまわすつもりは無いし、邪魔するつもりも無いよ。でも、それを返してくれないなら……力尽くでも返してもらう事になるけど」 さらっと、普段のティルならばまず言わないであろう台詞を言う。そんな幼なじみの様子をエルゥはそわそわしながら見守っていた。ついさっきまでは抜け殻みたいになっていたのに、復活したと思ったらまるで人が変わったような余裕の無い台詞を口にするなんて。 ……そうか。 その通りや。 余裕が、無いんやな。 そんなティルを見ながらエルゥの脳裏に浮んだのは、少年が魔法を発動させる間際に叫んだ彼の言葉。心の奥底から叫んだような、あの叫び。 『俺を犬にしたのは、おっちゃんだったのかよぉッ!!!』 ティルの嫌っている、犬の尻尾が左右にぱたぱたと揺れていた。 「……力尽くで?」 今度はきょとんとした表情を浮かべる。やはり、少年の表情の変化は如実に表れるようになってきていた。それでも、声にはまだ感情というものは乗せられていなかったけれど。 「――出来るものなら、やってごらんよ」 今までで一番冷たい、響き。 重たい、一撃だった。何とか抜き放ったナイフで間一髪受け止める。空いた右手でもう一本のナイフを抜こうとして、いつも下げている腰のベルトにそのナイフが存在しない事に気が付いた。 ――そうか……っ。 ここに降りてくる前。フィリエラが彼のナイフを抜き去った事を思い出す。彼女の力が付与された品を持っていては、光の力の影響が余計に強く出てしまうから、と。 「貴方は勘違いしてるよ。ティル=マクガール」 静かな、声。 「これは、光の宝珠なんかじゃ無い」 「そっ、そんな見え透いた嘘……っ」 「嘘じゃない。これはね……」 ふっと、少年が腕に込めていた力を抜いた。力を入れたまま競り合う対象が無くなり、勢い余って前屈みの姿勢になる。 耳元で囁くような、少年の台詞。 「……光の宝珠の、レプリカだよ」 「……な――」 ずん、と頭に――ちょうど犬耳が生えている辺りだった――に重たい衝撃を感じ、ティルはその場から弾き飛ばされる。瞬間、ふっと目の前が暗くなる感覚に襲われ、ティルはふるふると頭を振った。 「それにね。もう一つ、勘違いしている事がある」 そんなティルを無造作に見つめながら、少年が続ける。二人が離れたのを見て取って、コハクが駆け足でティルの元へとやって来た。 「例え君が、僕達を追いかけるつもりが無くても。こっちは君に用があるんだ。 「じゃあ、どうしてフィリエラを……っ?」 「さぁね。それはこっちが聞きたいぐらいだよ。僕は、彼女が自分から付いて来たって聞いたんだけどな。だから、それを利用させてもらっただけさ。わざとに泳がせて、君達と合流するように、ね」 その結社とやらがわらわを必要としていると言うから、ついて行ったまでの事じゃ。 再会した時、フィリエラの言った台詞。それに、嘘は無かったのか。 ……何か、馬鹿みたいだ。 「俺は、正直言って宝珠なんてものに興味は無いよ。光の宝珠だ闇の宝珠だ言っても、それが本物なのかどうかも、フィリエラが本当に ――自分勝手だと言うのなら、それでも良い。 だってみんな、多かれ少なかれ自分勝手じゃないの? 「でもね。それでも、君達に俺の宝珠を渡すわけにはいかない。この二つの宝珠で何が出来るのか知らないし知りたくも無いけど、これを渡した事であのステラって人みたいな犠牲者が出るのだけは嫌だから。本来ならそれぞれの持ち主しか使えないはずの光と闇の宝珠をどうやって使うつもりなのか分からないけど、今、君達が光の宝珠の力を少しだけでも扱えている、というのは事実みたいだし」 「少しだけ、だって?」 「少しだけ、だよ。確かに、少しだけでもその力を扱えるようにレプリカとやらを作る事が出来たのは凄いよ。だけど、本物を扱うには力が大きすぎて耐えられないんだ。身体が、持たないんだよ。だから、そのレプリカを作った。光の力を少しだけ、壊れない程度に引き出せるように」 そんな事が可能なのかどうか、言っている本人にも分からなかった。大体、宝珠というものが一体何から出来ているのか、それすらティルは知らなかったのだし。 だけど、口から出任せでも。 『少しだけ』というところは当たったらしいと、少年の様子を見ながら思う。 全く……何とろとろやってんだよっ……。 「どうして、そんな事が分かるの?」 「それぐらい、分かるさ。だって、本当に光の力を扱えていたのなら、俺の持ってる闇の宝珠の力以外では対抗出来ないはずだろ?」 冷や汗が、額から流れ落ちて行く。 「俺達がこうして、君と話をしていられる。それが一番の証拠だよ」 ピィーンと張り詰めた空気が流れた。 少年が、はっとしたようにケインを見る。 四隅に貼られた札から伸びた光が、少年の身体を照らす。 長い長い魔法の詠唱を終えたケインが、その力を解放させるための言葉を一言、静かに唱えた。 「” ふっと少年の変化が解けた。 「助かったよ、ティル。時間稼ぎをしてくれたんだろう?」 昔のままの、声。聞き覚えのある、声音。 先程のティルの叫びは、彼にも聞こえていたはずなのに。 それなのに何故、ケインはいつも通りを保っていられるのだろう。 「おっちゃんなら、何とか出来ると思ったから」 ケインは以前、ティルが暴走させた闇の宝珠の力から、彼等を守った事がある。闇と光は正反対のものとは言え、同じカテゴリに含まれるもの。それならば、彼ならちゃんと勝算があって魔法を唱えようとしているのだろうと踏んだのだった。 「……紋章魔法、ですか」 微妙に険しい顔をしたコハクの言葉に、ケインは怪訝な表情を浮かべた。 「まさか。君が使っていた符術と同じものだよ。紋章魔法はとっくに滅びた。それぐらいは、知っているだろう?」 「相手の能力を”消去”してしまうような強力な術は、宝珠魔法にも、符術にもありません。それが存在するのは、紋章魔法についての文献の中だけです」 「その通りだ。だが、紋章魔法はもう存在しない。紋章魔法自体も、文献の中でしか見られないものだ」 「……紋章魔法だか何だか知らないけど」 二人の会話に割り込んだのは、完全に感情を消し去った少年の声。ケインの使った魔法は、少年の僅かな感情まで消し去ってしまったかのようだった。 「こんなので、僕の力を消す事が出来たと本当に思ってるの?」 その手に握られているのは、レプリカの宝珠。 「逃げてっ!!」とエリザが叫んだ。 「だとしたら――」 ――おめでたいよ。 |