少年の手に、宝珠に集まっていく白い光。
 それを目にし、自分の持つ闇の宝珠を握り締める。
 ……だけど。
 一体、どうして良いのか分からない。唱えるべき言葉も、動作も、この宝珠で何が出来るのか……。
 それすらも、自分は知らない――。
 自分はあまりにも、知らなさ過ぎる……。
 そう、悟った時。
 ティルの口から出た言葉。
「イリーズ……」
 自然に、口をついて出た名前だった。
 ――あの時。
 ケインに疑いを持つようになった時、森の中で出会った、闇の宝珠の守護者の名前。
「イリーズッ!!聞いてるんだろうっ!?君の助けが必要なんだっ!!」
 そんなティルの叫びを聞いて、少年は訝しげに片眉を跳ね上げた。
「俺じゃまだ駄目なんだっ!宝珠の使い方なんて分からないんだよっ!!だからイリーズ、君の力が必要なんだっ!!」
 俺が、君の力が必要だと思ったなら、いつでも会えるって言ったじゃないかっ!!
 何処に向かって叫んでいるわけでも無い。闇雲に叫んでいるだけだ。エルゥなどは一体どうしたのかと、呆然とそんなティルを見つめていた。
 ただ――
 結局、何も出来ない自分。相手の力に対抗出来ると分かっている力を持ちながら、それを扱う事が出来ない自分。
 それが、酷くもどかしくて。
 そして、情けなかった。
 だから、すがらずにはいられなかった。
 あの、綺麗な笑みを浮かべて自分の前から消えた、宝珠の守護者の存在に。
 彼女の力なら。
 彼女が今ここにいてくれたなら。
「今、必要なんだよ、君の力がっ!!聞こえてるんだろっ、イリーズッ!!」
 フィリエラに言われた通りだ。
 自分にはまだ、闇の力は扱えない――。
 彼の脳裏には一度、魔法を暴走させた時の記憶が蘇っていた。あの時、闇の魔法はほとんどの力を打ち消されたのにも関わらず、森の中に小さなクレーターを作り出した。その記憶はあまりにも鮮明で、リアルに色を持っていて。
 まるで、ほんの少し前に経験した事のようで。
「……くそっ……」
 ぐっと降ろしたままの両手を、闇の宝珠ごと力一杯握り締める。爪が食い込み、手のひらに血が滲んだ。
 その血を受けて、闇の宝珠の表面に自分の腕にある紋章と同じ模様が浮かび上がった事を、ティルは気付かない。彼はそれを、壊れそうなほどに強く握り締めていたのだから。
 部屋の中の光は、もうやっと目を開けていられるほどにまで達していた。ケインとコハク、そしてエリザはそれぞれに防御魔法を唱え、フェリルとエルゥは少年の魔法を完成させまいと攻撃を仕掛ける。だが、その攻撃は少年に届く前にあっさりと弾かれてしまう。強力な防御障壁が、彼の周りに出現していた。
 ……と。
 もはや閃光とまで呼べるようなレベルになって達していた光が、ふっと弱くなった。ケインが弾かれたような勢いでティルを見る。
 彼の堅く握り締めた右手の中から。
 黒い光、としか形容出来ないようなものが、見え隠れしている。それを確認し、ケインは焦りの混じった表情で、ティルの顔を見やる。
 ――そこに浮んでいたのは、決意の表情。
 紫の瞳は真っ直ぐに少年を見据え、口を真横に引き結んで。
「……ティル!よせっ!!」


 部屋の中に満ちたのは、白い光でも、黒い光でも無かった。


 ただ静寂だけが、そこに在った。


『お呼びになりましたでしょう?』
『今の私には、これぐらいの事しか出来ないですが』


『――お役に、立てましたか?』


 静寂の中、頭に直接語りかけてきた声。
 それは確かに聞き覚えのある声で。
 一度しか聞いた事が無いのに、懐かしいとすら、思えた。


「……ティル=マクガール」
 相変わらず、抑揚の無い声。
「お前……」
 ――何を、した?
 その声には今までと変わらず、感情は感じられない。だが、出会ってからずっと周りに漂わせていた余裕は無くなっているように感じられた。
「何って……決まってるじゃないか」
 分かりきった事を聞くんだね、とティルは疲れたように力の無い笑みを浮かべて呟いた。
「レプリカとは言え……光の力に対抗出来るのは闇の力……。そうだろ?」
 最悪、暴走しても良いと思っていた。
 暴走したとしても、あの時とは違う。何故なら、今この場には中和剤があったのだ。
 つまりは。
 闇に対抗出来うる力――対極に位置する、光の力が充満していたのだから。
 だから、例え暴走したとしても、双方の力が打ち消しあってくれるのではないかと可能性に賭けた。どうせこのままでは、少年の魔法が発動して終わりになってしまう。それなら、ほんの少しの可能性でも――と。
「……思ってたより、無茶するんだね」
「逆の立場になったら、無茶ぐらいするよ、君も」
「ラグナ」
「……え?」
「ラグナ=ダスト。僕の名前だ」
 ふっと彼は、無邪気な笑みを浮かべた。
 多分それは、彼の会心の笑顔。
「覚えておいてね。今度は、無茶してもどうしようも無いぐらい本気で相手してあげるから」
 ふわりと包み込むような優しい光が少年の身体を照らす。今までの冷たい、攻撃的な光とは大違いだった。それが確認出来た瞬間、ラグナと名乗った少年の姿はその場からかき消えている。
 もちろん、宝珠も一緒に。


 どぉんと言う音と一緒にやって来る振動。
 ギルドの地下に隠された結社の空間が、崩壊を始める。


「全くお主ら……何をもたもたしておったのじゃっ!」
 ギルドの外へと非難したティル達に、一言目にかけられた言葉がこれだった。見れば、少女が小さな身体を精一杯伸ばして彼らを見上げている。
「……ごめん」
「何故、謝るのじゃ」
「いや、その……ごめん」
 そんな少女の顔を見ていたら。
 自然に謝ってしまった。
 何だか――今にも泣き出してしまいそうな顔に見えて。
 だが、少女は彼のその謝罪を別の意味に捉えたようだった。彼女は少し意地悪そうな表情を浮かべ、こう一言言い放つ。
「宝珠を、取り戻せなかったのじゃろ」
「元から、ここには宝珠なんて無かったよ」
 ――これは、光の宝珠なんかじゃ無い。
 ……光の宝珠の、レプリカだよ――
 元から、偽物しか、無かったんだ。
「レプリカじゃと……?そんなもの、どうやって作り出せるというのじゃ。嘘をつくのなら、もうちょっとマシな嘘を考える事じゃな」
 呆れたような台詞とは裏腹に、フィリエラの表情は真剣そのもの。それを確認出来たから、ティルはそれ以上何も言わない。少女の視線が宙を泳ぎ、コハクに焦点を合わせて止まった。
「お主の言っておった神託もあるしのぅー。厄介じゃ。実に厄介じゃ」
 後に続いた台詞は、またまた信じられないような言葉で。
「しょうがない。ファーランドに渡るぞ」


 フィリエラに出会ってから、一体何度頭を抱えただろう。
 ティルはそんな事を呆然と考え、エルゥは「わいの伝記、ホンマにすっごい事になりそうやなー」と棒読み口調で呟いたのだった。


「……ファーランド、か」
 そんな彼等の様子を横目で伺いながらケインが呟いた。エリザが、「行くのかイ?」と苦笑混じりに問い掛ける。
「さぁ……な。奴がそこにいるというのなら、考えるが」
「考えるんじゃなくて、即決だろゥ?」
 アンタは慎重なように見えて、結構考えなしなところがあるからね、と苦笑を浮かべたままでエリザが続けた。その言葉に、フェリルもさりげなく頷いていたりする。
「ホンットに素直じゃないヨ、アンタは……」
 エリザのぼやきを聞こえていない事にするため、ケインは彼女から目を逸らして周りを見回した。ティル達から少々離れた場所に見覚えのある顔を見つけ、慌てて視線を逸らそうとしたが時すでに遅し。彼の視線に気が付いたのだろう。その人物――すなわちノース=フリップは、にこにこしながらケインの方へとやって来た。
「お久しぶりですねぇ〜。お元気でした?」
 何だか妙に平和な台詞を言ってくれる。まぁ、それでこそコイツなのだろうが、とケインは心の中でのみぼやいた。
 ……しかし、珍しいな。
 ティルがいるのに、シトゥルーが引っ込んでいるなんて。
 その疑問を彼にぶつけてみる。いや、シトゥルーじゃない方がこの場も平和だし話も普通に出来るのだが、いつもティルと見たらどうしようもない理由をつけて食って掛かっている彼が出てきていないと、逆に何があったのか不安でたまらなかったりしたのだ。例えどんな類いの事であっても、いつも通りじゃない事が起こると、やはり気になるものである。
 ああ〜……と、ノースは微苦笑を浮かべ、何度答えたか知れない答えをやんわりと返す。
「彼今、封印されちゃってるんです」
「……封印?」
 この反応も何度見た事か。コハクを指して、「ええ、あの方に」と説明を省いた答えを返した。説明を省かれてしまっては、勝手に推測するしかない。
「そりゃー……とうとう、人に害を及ぼすって事が回りに認められたって事か……?」
「いえ、ただの純粋なる事故です」
「……何だ、事故か……」
「妙に沈んだ声で言わないでくださいよ〜。そりゃ、シトゥルーが色々と迷惑をかけていたのは知っていますし、僕だって迷惑蒙ってましたけどね」
 けど、何か変なんです、と、のほほんと言った言葉を聞いて、変?とケインは不思議そうに眉を寄せた。
「ええ。何か妙な感じなんですよねぇ〜。今までこんなに長く表に出ていた事が無かったからかとは思いますけど〜。シトゥルーと会話もしていませんし。というか彼、呼びかけに答えなくなったんですよね」
「……答えない、だって?今までにも、そんな事はあったのか?」
 ノースはふるふると首を横に振った。
「い〜え〜。今まではうるさいぐらいに答えてくれてましたよ〜。こっちから話し掛けなくたって話し掛けてきたりもしてましたし。むしろ、そちらの方が多かったんですよね〜」
「……ふむ。そりゃあ早いトコ奴さんを復活させないとヤバい事になるかもしれんぞ」
「ヤバい事……ですか?シトゥルーいなくなっちゃうとか?」
 やっぱりのほほんとしながらも、さらりとおっかない事を言う。シトゥルーは一応、自分の片割れだろうに、とケインはまたまた心の奥でぼやいた。
「まぁ、そんなとこだな。それに、それだけじゃない。最悪、お前さんの方にも影響がある可能性もある。今まで二人でバランスを保ってきていたのが、今は一人になってしまっているわけだろう?今に、無理が出てきてしまうぞ」
「そんな事言われましても〜。復活させられるならとっくにやってますよ〜」
 ――仕方が無い、か。
 ティルには悪いがな、と思いながら、ケインは愛用の白衣のポケットから一枚の紙を取り出した。つまりは、あの紋章が描かれている紙である。ティルを横目で見ながらバレないうちに、とその紙の紋章が描かれている面をノースの方へと向け、二言三言口の中で呪文を唱えた。
解呪ディスペル・マジック
 ふっと紙に描かれた紋章が光を放ち、ノースの中へと吸い込まれて消えた。後に残ったのは、真っ白なただの紙だけである。
 ……ま。
 何も言わないで、もしもこいつらが消滅してしまうような事があったら後味が悪いからな。
「……お?表か?表だなっ!やぁぁぁぁぁぁっと出れたぜコンチクョー!!くぉらお前、よくも勝手に人様を封印してくれやがったなっ!」
 ぴくっ……。
 顔が引きつるのが、分かった。エルゥも同じような状況らしく、二人してこっそりとその場から遠ざかる。フィリエラに聞きたい事はたくさんあったけれど、それは後回しでも良いし。
 とりあえず、コハクに絡んでいる今が姿を眩ますチャンスである。シトゥルーの剣幕にしどろもどろになって謝っているコハクには悪いけれど、まぁ彼にも怒られるだけの責任はあるのだし、と勝手に自分達に言い聞かせた。
 だが、それぞれバラバラでも目立つ容姿をしているティルとエルゥである。そんな二人が一緒に行動すれば、どう頑張っても思いっきり目立ってしまうというもので。
「こら、そこでこそこそしてる犬っころと焼き鳥っ!!ホンットにお前らとはどっこでも会うはめになるよなっ。さてはお前ら、手柄でも横取りしようと俺様の後をつけて回ってるな!?」
「だっ、誰がお前の後なんかつけるかっ!!つけて回ってんのはお前の方じゃねぇかよっ!!」
「焼き鳥って誰やボケェっ!!!お前なんぞ、銭貰うてもつけへんわっ!!」
 その容姿はノースと全く変わらない。違うのは、口調と少し意地悪そうになった顔つきだけだ。いきなりの豹変ぶりに、流石のベオやリリィもどう対処して良いのか、困惑の表情を浮かべて彼を凝視していた。リーフはコハクと同じように困ったような顔をし、フィリエラやエリザなどはあからさまに面白そうな好奇の視線を送っている。
「……これは確かに……ティルが苦手にするわけね」
 ぽつん、とリリィが呟く。その呟きを耳にしたシトゥルー、「苦手にしてんのは俺も一緒だ!」と自己主張をして、何か文句でも言ってやろうと思ったのだろうか。リリィの方を見た。
 ……と。
 ぼふん、という音が聞こえたような気がした。シトゥルーは唐突に言い争いをやめると、「ままままままた今度なっ!じゃっ!!」などというような台詞を残し、人として限界なんじゃなかろうかと心配出来ちゃうほどのスピードで走り去って行った。後に残されたティル達は、ぽかんとそんな彼の後ろ姿を見送るしか出来る事は無く。
 しばしの沈黙の後、エルゥがぽつりと言った。
「……何やあいつ……。顔、赤くなってへんかったか?」
「……うん。俺も、そう見えた」
「何……?あの人……」
「とても面白い奴じゃのぅー。見てる分には飽きんわい」
 エルゥの呟きの後に、それぞれ口にした言葉。ティルとエルゥは顔を見合わせ、二人してリリィを見つめる。二人同時に見つめられて、流石にリリィは居心地悪そうだった。
「な、何なのよ?」
 腰まである濃いピンクの髪。気の強そうな口元と意思の強そうな光を宿す金の瞳。ラムリエという種族柄、小柄ではあるがその身長に見合ったナイスバディ。
 こーゆータイプが好きなんか、アイツ。
 見かけに寄らず、純情だよね。
 そんな事を視線のみで会話出来てしまうほどに、ティルとエルゥの思考は似たり寄ったりだったらしい。また二人、顔を見合わせると同時にこくこくと頷いたりしている。それもそれで、ハタから見てるとかなり怪しい光景だったりするのだが、全く持って幸運な事に、それをやっている本人達はその可能性に欠片も気が付いていない。
「……何処へ、行かれるのです」
 ふと。
 黙って彼等の遣り取りを傍観していたコハクが静かに声を上げる。丁寧な口調のその台詞には、だからこそ威圧的な迫力が伴っていた。
「私は貴方に聞きたい事があるのです」
「残念だが、君の質問に対する答えを俺は持っていないと思うがね」
「……おっちゃん……」
 いつの間にか、ケイン達はティル達から離れていた。コハクが声をかけなければ、彼等がいない事に気が付くのはもっと先になった事だろう。
 ティルの呟きにケインは少しだけ、申し訳無さそうな笑顔を見せた。
「そうやっ!あんさん、ティルに何か言う事あるんやないんか?」
 咎めるような口調のエルゥの台詞。更に言い募ろうと口を開いた彼を押し止めたのは、他ならぬティル自身だった。
「いいんだ」
 手を振ってエルゥの言葉を制し、僅かながらも無理が見て取れる笑みを浮かべて。
「何言っとるんや!?さっきは今やないとダメやとか駄々こねてはったクセにっ!」
 エルゥの叫びは尤もだと、ティルは思う。だけど今、ケインの浮かべた笑みを見て、分かったのだ。あの、申し訳無さそうな色を浮かべた笑顔が、言葉よりもはっきりとした彼の答えだった。
 それが分かったから。
 ティルは、別の台詞を口にした。
「おっちゃん……。また、会えるよね?」
 それは奇しくも、あの時イリーズに言ったのと同じ台詞。
 もちろん、彼女に言った言葉とは、そこに込められている意味が異なるものではあったけれど。
 ケインは、一瞬、本当に一瞬だけ間をおき、そして頷いた。
 そして今度こそくるりと踵を返し、歩き始める。どんどんと小さくなるケイン達の後ろ姿を見送りながら、エルゥはぼそりと呟いた。
「お前……ホンッマにお人好しやなぁ……」


 夜も更けて。
 明日にはもう、このキールの町を出発するというのにティルは中々寝付けなかった。色々な事が一度に起こりすぎて、頭の中がごちゃごちゃになっている。眠ろうとすればするほど、思考がこんがらがってきてしまうのだった。
 ごろんごろんとベッドの中で何度も寝返りを打つ。一度だけ、エルゥが「うるさいなぁ」と寝言を言ったような気がしたが、それももう聞こえない。一体どれぐらいこうしているのか分からないので、今が何時頃なのか見当も付かなかった。聞こえてくるのは自分の息遣いとエルゥの寝息、そして外で鳴いているフクロウの鳴き声ぐらいのものである。
 ……そこに。
 新たな音が、加わったような気がして。
 ティルは、身体を起こして耳を澄ませた。そうすると、確かに聞こえる。
 か細げだが、闇に響く澄んだ音色。
 それは、屋根の方から響いて来ている。
 がさごそと起きだし、ティルは静かに部屋の外へと出た。思ったよりも月明かりが強い。その白い光を頼りに、屋根の上へと上がる。
 妙に夜に馴染む綺麗な音色。その音が、ティルの耳をくすぐる。
「……何じゃ。起こしてしもうたかのう」
 屋根の縁に腰掛け、笛を吹いていたのはフィリエラだった。少女はティルの姿を認め、ふっと笑うと、「そんなに下手じゃったか?」と自嘲するように呟く。
 ティルはゆっくりと、首を横に振った。こちらを見ようともしないフィリエラの横に腰を降ろし、静かな声で話し掛ける。
「綺麗な、曲だったね」
 綺麗だけど、物悲しい。
 まるで、心の底から、泣いてでもいるような――
「……わらわは、そうは思わん」
 綺麗なシルエットを映すその横顔には、表情らしきものは何も浮んでいなかった。いつもの、我の強そうな光をたたえている大きな瞳も、何処を見ているのか虚ろである。
「……リリィは、何故、わらわに何も言わなかったのじゃ」
 区切るようにしながら口にした台詞。
「わらわが、滅ぼす者、だからかの……」
「……違うよ。リリィは……言わなかったんじゃない。言えなかったんだ」
 言葉に出せば、認めてしまうから。
 親しかった者達の突然の死。受け入れたくなかったその現実。
 自分の口から言葉として話してしまえば、それは現実味を帯びてしまう。自分の心の中だけで考えていたものが、急に色を持ち、形を作って襲い掛かってくる。自分自身へのごまかしが効かなくなるほど急激に、これは、今話している事は、本当に起こった事なのだ――と。
 ――だから。
 だから、話せなかった。
「……弱いんじゃの」
「弱いよ。でも、それが普通だから。それが俺達だから」
「……わらわには……恐らく、そういう心が欠けているのじゃろうな」
 ふっと寂しく笑って。
 それでも、その顔は無表情のままだった。
「わらわは、いつ生まれたのか知らない。もうどれだけこの地にいるのかも。じゃから、人の死ってものは慣れてしまうほどに見ているのじゃ」
 口を挟まず、黙って彼女の話を聞く事にした。
「……多分、わらわにはそういう感情は不要なものなのじゃよ。そういう風に、作られておるのじゃ」
 お主が言う普通。
 そういう心が、普通だと言うのなら。
「耐えられるかの?そういった感情を持ったままならば。自分だけがずっと生き長らえていく事に。心を許した人間が、いつも自分を置いていってしまう現実に。そして、それを見ている事しか出来ない自分自身に」
 フィリエラの台詞は、もはや独白のようだった。そんな彼女の言葉を受け止めながらティルは思う。
 ――ああ。
 フィリエラには、リリィの気持ちが、痛いほどよく分かっている――と。
 心を許せば許すほど、別れが辛いものになる。まして、確実な別れが約束されてしまっているフィリエラ。彼女が言った「最終的にはみんな離れて行く」という台詞はもしかしたら彼女自身の願望だったのかもしれない。そうしてくれれば、少なくとも「死」という最悪の別れ方だけはせずに済むのだから。好きだからこそ、別れたい。悲しい、願望。
 心を開かず、相手を撥ね付け、誰も寄せ付けないように――
 この少女は、今までもそうやって他人と接してきたのだろうか。
 そして――これからも、ずっと……?
「……一体どうして……誰が、こんな事を?」
 それは思わずティルの口をついて出た疑問だった。
 ――誰ガ、コンナ事ヲ?
「……わらわも、それを知りたいのじゃ」
 返って来たのは、そういう台詞。
 ティルは驚いて彼女を見た。
「……じゃから……」
 ロウリィに、会いたいのじゃよ。
 そう、終末の聖母ラストマリアは呟いた。


 ――ぴきっ。
 そう、何かが割れるような音が聞こえた気がして。
 少年はふと首を傾げ、すぐにその音の正体に気がついた。
 ポケットを探り、目当てのものを掴む。
 目の前で開いた手の中にあったのは、光の宝珠のレプリカ。
 それには、真ん中から無数に細かいひびが入っていた。
 ふ――と歪んだ笑みの形に口を歪める。
 そんな少年の見ている中、ひびはどんどんと広がっていき――
 ――ぱりん。
 音を立てて、砕け散った。
 あまりにも、あっけないその最後。砕け散った欠片が、彼の周りにきらきらと光りながら落ちて行く。
 あーあ、と彼は呟いた。
 ……全く、レイルに怒られちゃうよ。
 でも、ま。
 まだまだ、本当の闇の力には対抗出来ない、って事の証明にもなったから、良いのかな?
「何にしても」
 砕けた欠片が奇妙に美しい。
 そして、少年の浮かべた表情も、また。
「不完全とは言え……邪魔な事には変わりないみたいだね」

≪Old / 後書 / Next≫