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その町は、一種異様な雰囲気が漂っていた。 まず、多種多様な種族の人間がいる。これだけならばつい少し前まで滞在していたキールも同じだったのだが、いかんせんここアムネードという町では武装している者が圧倒的に多い、という点が大きく異なっていた。その所為なのか、武器や防具などを扱っている店もあちらこちらに見かけられる。民家が少なく、何処まで行っても店、店、店、という町並みも、この町の異様な雰囲気作りを一つ買って出ている原因だろう。 「噂には聞いてたけど……」 何となく、周りの雰囲気に気圧されながらティルが呟いた。この町の中に在っては、ティルとエルゥ、それにリリィなどといったこの総勢七人の種族人種様々な取り合わせでさえも浮いて見えないから凄いものである。それほど、周りを歩いている人間達も皆、普通に暮らしている人達から見たなら充分に浮いて見える者達ばかりなのだった。 前を行くベオ以外は皆、物珍しそうに辺りをきょろきょろと見ながら歩いていた。エルゥなどは、自分以外のチェックスを見つけては、「お、珍しいなぁ」と相手が見えなくなるまで見つめていたりする。 彼等がこの町、ギルド都市アムネードに立ち寄る事になった原因は、至って簡単なものだった。 近くて遠い隣の大陸。 ファーランドに渡る方法を求めて――。 それは、キールを出発する朝の事。 朝食の席で、リーフが言い出した一言から始まった。 その日のリーフは心ここに在らず、と言った感じで、何やら一人黙々と手を動かし、機械的に食べ物を口に運んでいるだけのように見えた。おまけに、話し掛けるにも話し掛けにくい雰囲気まで漂わせてくれちゃったりしている。 そんな彼が。全員がほとんど食べ終え、席を立とうとした時、ぽつりと言った。 「……これから、どうするの?」 今日、顔を合わせてから一度も声を発していない彼がぽーっとした調子で言ったので、全員が全員、言葉に詰まった。リーフは、そんな周りの様子にちっとも気が付いていない様子で、言葉を続ける。 「ファーランドに渡るって言ってたけど。どうやって渡るのか、見当付いてる?」 「さぁ。だからとりあえずイスライアに寄って、色々調べてみようかと思うんだけど」 昨日の夜、フィリエラと話をして出た結論だ。フィリエラは、宝珠さえあればすぐに目的地に着く事が出来たのだと悔しそうに話したが、無いものを言ってもしょうがない。そしてそれは、今この朝食の席でティルが仲間に説明をしていた話でもある。やっぱり聞いて無かったんだなーと、ティルは微苦笑を浮かべた。 「……ファーランドに渡るには、船が要るよ。イスライアに行くより、ジアスに向かった方が時間が節約出来ると思う」 「船なら、ここで調達出来るやないか」 少し呆れた声で、エルゥが言う。その言葉に、リーフは軽くかぶりを振った。 「いや、そうじゃなくて。飛行船が、必要なんだ」 その台詞に目が点になっている回りを置いてけぼりにしながら、リーフは白衣の下からごそごそと何やら分厚い紙の束を取り出した。その紙にはびっしりと細かい文字で文が書き込まれている。 その束に目を落とし、リーフは早口で話し始める。 「何故ファーランドに渡れないのか。それは、鏡界面って呼ばれてる空気の壁が邪魔してるからなんだ。ファーランド側は、いっつもフィリルアーとは逆方向に風が吹いていて、それで境目に壁が出来上がる。それも、ファーランドの方がこっちよりも気温が低いだろうって言われててね。その所為なのかどうかははっきりしてないんだけど、暖かい空気と冷たい空気の間に水蒸気が立ち込めてて、それが光を乱反射させてまるで壁の向こうなんて無いかのように、鏡のようにこちら側の海を映し出す……って考えられてる。それが、鏡界面って言われてる所以なんだけどね。それを知らないで海から渡ろうとしたら、風の壁に突っ込んで船が沈んじゃうんだよ」 今までぽーっとしていたと思ったら、今度は何かにとりつかれたかのようにまくし立てる。それも、まだまだ謎だとされているファーランドの事についてをだ。 「だから、海から行くのは危険なんだ。でも、空からなら、雲があるから風の流れが分かる。海よりもはっきりと壁の位置が分かるから、その抜け方さえ分かれば渡れるだろうって言うのが、一番正しいだろうって言われてる仮説なんだけどね」 「仮説って……何でお前さんがそんな事知っとるんや?」 呆気に取られて、目を真ん丸くしながらエルゥが言った。それは、今この場にいる全員の気持ちを代弁した質問でもある。リーフは、困っているとも笑っているとも言えぬ微妙な表情を浮かべながら、手に持った紙の束をテーブルの上に置いた。どーやって白衣の下に入れていたのか、ドンっと重たそうな音がする。 「……シリウス=M=ルフラン。俺の父さんが書いた論文なんだ、これ」 「……なるほど。ルフラン教授の息子だったのか」 少しの沈黙の後。最初に口を開いたのはベオだった。ティルがちらりと自分を見た事に気がつき、ベオは「ファーランド研究の第一人者だよ」と付け加える。 「分かっとったんなら、何でもっと早よぅ言わんのや」 「いや、ちょっと整理してて……」 父さんの論文って直に読むの、初めてなんだよね、と相変わらずのぽよーんとした口調で言い、またテーブルの上の論文に視線を落とした。その紙の上には、決して綺麗とは言えないクセの強い字がびっしりと隙間無く並んでいる。 「これ全部読むのにほとんど寝てなくてねー。こんなにワケ分からない事ばっかり書いてるとは思わなかったし」 「そもそも、何故貴方がその論文を持っているのかが不思議ですが。いくら親子と言っても、そんな大切なものをほいほいと持たせて放っとくとは思えませんよ」 「あ、これ?父さんが忘れていったの。だから、届けようかなーと思って探してたんだけどねー」 そうなのだ。最初の目的はそうだったはずだ。わざわざアカデミーを休学してまで旅に出た理由。それは、研究となると周りが見えなくなる超絶方向オンチの父と、その父と一緒ならどんなところへでも行ってしまう母。その二人に、この道標とも言える論文を届けるという事。それが、最初の目的だったはずだった。 だけど、今は――? 「でも、今はここに答えが載ってる。ファーランドへの行き方として、一番近い答えがこの論文の中にある。だから……」 ――ステラ。 未知の大陸に、渡りたいと思っていた。ファーランドになら、彼女を元に戻す方法もあるのかもしれないと。 だから。 ごめん、父さんと、リーフは口の中でぽつりと呟いた。 「そういう事なら、飛行船を押さえた方が良いだろうな。イスライアに行っても、これ以上の情報は得られないだろう。探そうとしている最高の情報がここにあるのだからな」 「せやな〜。じゃ、ジアスに行くんか?わい、あそこ苦手なんやけどなぁー……」 しょーがないやなぁと、チェックス特有の苦笑いを浮かべて言ったエルゥに、苦手なの?と問いかけたのはリリィだ。 「ジアスっちゅう場所は、何処を見ても砂、砂、砂や。お陰でわいの羽の間に砂が挟まってざらざらするわ、しかもやたらと暑いわで、行かなあかん時以外はまず行きたく無い場所なんや。よぅ、あんな場所に住んどるヤツがおるなと不思議でたまらん」 「……いや。ジアスに行く前に、良ければ寄ってもらいたい場所があるんだが」 心底嫌そうに語ったエルゥの顔をちらりと見、今度は全員の顔をゆっくりと見回してベオはそう言った。もちろん、後でジアスにも寄る事にはなると思うが、と、ぐるっと一周した視線をエルゥに戻して付け加える。 「……何処?急ぎの用?」 「アムネードだ。私の知り合いに一人、飛行船に興味を持ってる人間がいてね。彼に会っておいても、損は無いかと思うが?」 「アムネード……」 ベオの答えを聞き、ティルはぼそりとその町の名前を繰り返した。オアシスに出来た冒険者ギルドが町の始まりだと言われているその町は、そんな噂通り、町全体が冒険者ギルドと言っても良いほどに独自の発展を続けている。今では、アムネード一つしか町が無いというのに、一つの独立した国として扱われる事も多々あると言うぐらいだ。アムネードがある場所は、一応はジェインの敷地内に含まれるが、最近ではジェインの町々に住む人々もその事実を忘れてしまっていたりするという。 「ふむ。ファーランドへの近道があるというのなら、行っても良いのではないか?急がば回れ、じゃ」 一番行きたがっている人物に、そうもあっさりと答えられては反論する余地も無い。ティルはそっと小さくため息をついた。 「……何や?ティルも砂嫌なんか?」 耳聡く聞きつけたエルゥに言われ、無駄に地獄耳だよねと思いながら彼は耳を澄ましてもやっとこ聞こえるぐらいの小さな声で、ぼそりと言った。 「ギルド都市ってさ……きっと猫も一杯いるよねぇ?」 到着する前にはそんな事を言っていたティルだったが、今のところは心配していたラムリエに喧嘩を吹っかけられる事も無く、町の中心部から少し離れた場所をベオの後ろにくっついて平和に歩いていた。幸か不幸か、このイグナーダ二人組はラムリエ自体を見かける事が無かったのだ。 どんどん細くなってくる道を細々と曲がり、そろそろティルの頭のコンパスが火を吹き始めた頃。黙々とティル達を先導していたベオがその歩みを止めた。理由は簡単で、その先には道が無かったのだ。そこには、道の代わりに倉庫のような殺風景な建物が立ちはだかっている。 「……ここに、知り合いがいるの?」 リリィが周りを珍しそうに見回しながらベオに聞いた。ベオは、頷くだけの簡単な答えを返し、建物を一度見上げるとそれに向かって再び歩き始める。建物の屋根に止まっているカラスが、そんなベオを見ているのかカァと一声鳴いた。 建物の中は、小規模な工場、と言ったところである。そんな中をティル達それぞれ種族も見た目も派手な組み合わせの七人がぞろぞろと中を歩いて行くとどっからどう見ても目立つワケで、作業をしている人間が皆、一度は手を止めて彼等の方を見つめていた。街中から外れてしまえば、流石に彼等の組み合わせというのは珍しかったらしい。 そんな工場内を突っ切り、ベオは奥の部屋の前でティル達を制し、一人部屋の中へと入って行く。その部屋の扉には「工場長室」と何とか読める程度に書かれていた。程なく、中からいつも通りの落ち着いたベオの声と、初めて聞く大きなはっきりとした男の声が聞こえて来る。 「……まー確かに、ここやったら飛行船言うんに興味持っとるヤツは仰山いてそうやなぁ」 長い首をきょろきょろと忙しく動かし、周りを見回しているエルゥが感心したように呟く。コハクが、「そうですね」と、こちらも作業をしている人達を珍しそうに観察しながら肯定の言葉を返した。 「季球を出たのは初めてですが……。こういった場所というのは、こちらには普通にあるものなのですか?」 「いや、この辺りだけだよ。機械が発達してるのは、ジアスの周りだけ。こんなの、俺達もそうそう見かけないよ」 「……騒々しい場所じゃのぅー。その飛行船とやらは、こんな場所に置いてあるモノなのか?」 アムネードに入って以来、何だか機嫌悪そうにぶすっとしていたフィリエラがぼそりと言う。彼女はさっきから、自分の周りに沢山置いてある、何に使うのか見当もつかない小さな部品を手に取ってコロコロと弄んでいた。 「どう、なんだろ。ベオに聞くしかないんじゃない?」 首を傾げて言い、ベオのいる部屋の扉を見つめる。それがあまりに正論だったため、その言葉を最後に皆黙々と口を閉ざした。 それから五分も経たないうちに、ベオが体格の良い見慣れない男と共に部屋から出て来る。年の頃は四十過ぎ。短かな黒髪に緑のバンダナを巻き、その腕の太さと言ったらフィリエラの腰と同じぐらいありそうだ。腰に巻いたベルトに下がる工具類が、いかにもと言った感じで自然にマッチしている。 男――この部屋にいた以上、多分工場長なのだろうが――は、部屋の外でそれぞれ勝手な事をしながらベオを待っているティル達を見て、面白そうに目を見張った。まるで、新しい玩具でも見つけた子供のような無邪気な顔になる。 「……ベオよ。珍しくお前がつるんでるって言うから、どんな変わった奴等かと思ってたがよ、こりゃまた格別だなぁ」 「おまえ」が、微妙に「おめぇ」になっている。 「アムネードでもあまり見ねぇぜ、イグナーダとラムリエが一緒にいるところなんざ」 「……犬って言うな」 ぼそりと自己主張したティルに、エルゥが「文句あるのは分かるがな、あのぶっとい腕見てみぃ。何か言ったらぶっ飛ばされんでぇ」と、本人は小さな声だと思ってるぐらいの声量で彼に耳打ちをした。が、元々、耳に残るだみ声なエルゥの事。もちろん、男へは丸聞こえである。 「がはははは、いくら俺でもそうすぐにぶっ飛ばしたりはしねぇわな。ただし、この工場の中で人様の道に外れるような事しやがったら、このコーネリアス=トルネード様が許しちゃおかねぇからそこんとこ、肝に銘じとけ。……っと、オズだったな、オズ。まぁ、ついて来いや」 こんな工場の中で、どーやって人の道に外れるような事が出来るんや、と突っ込みを入れたエルゥを早速威嚇しておいて、ちょいちょいっと指で簡単なジェスチャーをし、コーネリアスと名乗った男は彼等を先導して歩き始めた。真っ直ぐに出口の方へ向かう男に、ベオは一言訊ねる。 「コーネリアス。あの子は、ここにはいないのか?」 「いや。隣の棟でな、ちょっと作業してるんだよ。正に、今のあんたに打って付けの作業だな」 不思議そうな顔をしたベオに、ま、行きゃ分かるさと、コーネリアスは豪快に笑った。 工場の外に出、塀で囲まれた敷地内を少し歩くと、今まで中にいた建物に隠れて見えなかった位置にもう一つの建物がある事が分かる。先程までいた建物より、一回りも二回りも小さな、こじんまりとした建物だった。その建物の屋根に止まっていたカラスが一声鳴き、コーネリアスの太い丸太のような腕へばさりと羽音を立てて着地する。 コーネリアスは、カラスを腕に乗せたまま、建物の扉を勢いよく開けて中へずかずかと入って行った。続いてベオが入り、その後にぞろぞろと物珍しそうについていく面々という図は、さっきから一体何度見る事が出来ただろうか。 そうやって入った建物の内部は、外から見たよりもずっと広く感じた。何故だろうと考え、すぐに天井が隣の建物よりも高いのだと結論に辿り着く。外観的には高さも変わらないように見えたが、内側の構造が違うのだろう。こちらの方が高く広く、開放的な感じがする。 そんな建物の中に。 あからさまに目立つ物体が真ん中に置いてある。 いや、それはまだ、物体とは呼べない物なのかもしれなかった。ただの、骨組み。パーツ。そう呼んだ方が、相応しい代物だったかもしれない。 コーネリアスの腕に留まっていたカラスが一声鳴いて飛び立ち、そのパーツの山の裏側へと降りて行く。 「……わっ、ドロシーなんだよ、入って来ちゃったのかー」 その後に聞こえた声は、まだ幼さの残る少年のものだった。声の主は、じゃれ付いてくるカラスに引かれるようにして立ち上がる。 「オズ!お前にお客さんだ!!」 相変わらずの「おめぇ」という発音でコーネリアスが呼びかける。びくんと跳ね上がるようにして、オズと呼ばれた少年はティル達を振り返った。その中に、ベオの顔を見つけて、きょとんとした表情を浮かべていた少年の顔がぱぁっと明るくなる。 「ベオ!!戻って来たの!?」 しきりにじゃれ付いてくるドロシーを腕に乗せ、彼は小走りにベオの側へとやって来た。 「いや、ちょっと聞きたい事があってな」 「聞きたい事……?親方、撲……」 「ああ、勝手にしな。どーせその様子じゃ、進んでねぇんだろ、飛行船作り」 「あ、バレてたかー」 バツが悪そうに苦笑を浮かべた赤毛の少年の顔を見つめながら、ティルとエルゥは同時に呟く。今、この目の前の工場長という肩書きを持つ男は、あっさりと聞き捨てならない事を言わなかったか? 「……飛行、船?」 もしかして、どんな形なのか予想すら出来ない、あのパーツの山の事? 「……まさか兄ちゃん……。飛行船ってヤツを作っとるんか?」 二人の声を聞きつけ、少年はやっとこちらへと向き直った。やはり一瞬、びっくりしたように目を丸くしたが、すぐににこっとした無邪気な笑顔を浮かべて、ぺこりと頭を下げた。何やら中途半端な会釈ではあったがドロシーが腕に留まっているので、それが精一杯だったのだろう。 「初めまして。オズワルド=ラインズと言います。確かに、飛行船を作ろうとしてます」 「まぁまだ、作ろうとしてる、ってだけの段階だがな」 「何事も挑戦だって言ってたの、親方じゃないですかっ」 「そりゃそーだろ。何事も、挑戦しなきゃ始まりもしねぇからなぁ。挑戦して初めて、物事ってヤツは動き始めるのさ」 「……ベオ……。飛行船に興味持ってる人って言ってたけど……」 「ああ、オズの事さ。だけどまさか……」 船を作ろうとしてるとは、思ってなかったんだがな、とベオは苦笑混じりに呟いたのだった。 |