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開いた扉の外には、小柄なハーフエルフが立っていた。右腕を押さえ、押さえた個所からは血がぽたぽたと流れ出している。そして、彼と同行していたはずの時代錯誤な美少女の姿は、何処にも見えない。 それらの事を素早く確認し、リリィは早口で問い掛けた。 「……フィー様は?」 硬い声。表情も、声と同じぐらい、硬い。 リーフは部屋に入らず、その場にぼぉっと突っ立ったまま、小さく答える。 「宝珠が、無いんだって。だから俺、宝珠を取りに……」 「宝珠!フィー様は最初から宝珠なんて持っていなかったのよ!!」 リーフとべオには、詳しい事情は話していない。だからこのハーフエルフの少年が、フィリエラが リリィの叫ぶような台詞を聞いて、リーフははたかれたような顔をした。 「……宝珠を、持って、いない……?」 自分自身に言い聞かせているように、一言一言区切りながら言う。 「そんな……だって……」 『宝珠が、あれば』 ――それじゃあ、あの思いは……。 本当に、宝珠を持っていたら、という意味だったのか? 宝珠なんか無いのを知っていて、俺を脱出させたのか――? 「……とにかく、部屋に入ったら。立ち話よりさ」 リリィとリーフ、それぞれが床を見つめて口を閉じたのを見、ティルが声を掛けた。 「どういう事なのか、話をした方が良いと思う。お互いに、ね」 そこで言葉を切り、周りを見回した。 「それに、傷の手当てもしないとね」 そう静かに言って、リーフの為に身体を横に開けた時だった。 「お怪我、大丈夫ですか?」 そんな、柔らかい声がリーフの背後から聞こえた。その声の主が、先程下で会った異国風の少年であるという事に気がつくまで、リーフは少々の時間考えなければならなかった。 「あの、さっき下で、これを落としていったんですけどね」 その少年が差し出した手のひらの上には、あの十字架のピアスが乗っかっていた。その場の空気が一瞬ぴりっと張り詰める。 「大事な、ものなのでしょう?」 語尾上がりではあるが、問い掛けと言うよりは確信を持っている事に対しての確認のように聞こえた。そのお陰で、こいつは何者だ……?と言った感情が強く外に出てしまったらしい。少年はちょっと首を傾げて苦笑すると、手を引っ込めて自己紹介をした。 「申し遅れました。私は真光寺琥珀と申します。ちょっと人捜しの旅をしているんですが……」 努めて柔らかい口調だった。物腰も柔らかく、ちょっと見には女の様に見えなくとも無い。 「人捜しの旅しとるんは分かったん。ピアス届けてもらったんもお礼は言うがな、今は生憎とあんさんと話し込んどるヒマはないんや」 失礼丸出しの台詞だったが、今この場でそれを咎める人物は誰もいなかった。エルゥは壁に立てかけてあった自分の愛用の槍を持つとティルとリーフ、そしてコハクが対峙している扉へと向かう。 「とにかく、わいはフィーちゃんとこ行って来るで。全員ここでこうしとっても意味が無いやろ。リーフ、場所は何処なん?」 リーフの答えを聞き、エルゥはちょっとクチバシを突き出すような仕草をした。人間ならば、口を尖らせる、に相当する動作である。つまりは、聞いたは良いが、何処の事だか分からなかったのだろう。 「私も、ついて行こう。この街には、来た事があるからな」 そんなエルゥの様子を察したのか、べオがそう申し出た。を、助かるねん、とエルゥは言い、べオを先に立たせて部屋を出る。 「……とにかく、今は確かにヒマが無いんだ。届けてくれたのはお礼を言うよ。確かに、大事な物だから」 ティルが言い、リーフがゆっくりと部屋の中に入る。いつの間に取り戻したのか、リーフの左手にはしっかりと十字架のピアスが握られていた。傷口を押さえていたお陰で、そのピアスも血に塗れている。 どうしようかと迷っていたコハクの頭に、先程響いたのと同じ漠然とした確信がやってくる。そして直感は、またもそれに従えと告げていた。 ……ダメだ。 逃がしちゃ、ダメだ。 「……あのっ!」 思わず声を張り上げた。扉を閉めようとしていたティルの手が止まる。 「その怪我、大丈夫ですか?私は、回復の術を使えますよ」 言ってしまったからには畳み掛けるしかない。コハクは必死に言葉を選び出した。 「先程見た限りでは、結構深い怪我だと思いましたが……。まだ血も止まっていないようですし、お役に立てると思いますが」 ぽかんとして彼を見つめていたティルの顔に笑みが浮んだ。コハクの必死さ加減が面白かったのかもしれない。いきなり押しかけて何を言うかと思ったら他人の傷の心配。それも、かなり真剣に。自分がこのイグナーダの立場だったとしたなら、多分同じように笑ってしまうだろう。そうコハクは思い、彼の顔にも自然に笑みが広がっていた。尤も、コハクの場合は照れ隠しの笑みであったが。 ティルが本当にそんな事を思って笑みを浮かべたのかどうかは分からないが、とにかく、彼は閉めかけていた扉をまた大きく開いた。 「回復の魔法はありがたいよ。俺達みんな不得意だから。それにしても、コハク、だっけ?君ってさ、すっごく……」 人が良いんだね。 苦笑を浮かべた顔でそう続けられ、コハクもええ、まぁ……と曖昧に答えながら微苦笑を浮かべた。 ――そりゃあ、自分でも嫌になるほどね。 だってね、人が良いから、あの人と関わっちゃったわけだし……。 そういえば、あの人、どうしたろう? 階下のバーにノースを置き去りにしてきた事を思い出し、一応事の次第を伝えておいた方が良いかなーなどと考えた時。 そのノースがいるハズの階段の下から、エルゥのけたたましい声が聞こえてきた。 結局。 部屋の中にいるのはティルとリリィ、リーフとコハク、そして、コハクと同行していたノースである。エルゥに「何であんさんがここにおんのやっ!?」とほとんど悲鳴の様な声をあげられてノースはまたもやバーの人々の注目を浴びながら「さぁ……」と会話にならない会話を交わし、エルゥが逃げるように宿から出て行ったのを見送って彼も上に昇ってきたのだ。そんなノースと顔を合わせ、ティルの方がエルゥよりも露骨に嫌そうな顔をしたのは言うまでも無い。 そんなワケで、部屋の中は不気味に静まり返っていた。ティルとノースが楽しくお喋りをするわけが無いし、コハクはリーフの怪我の回復に専念しているし、リリィはティルとノースの(というよりかティルの一方的な)険悪な雰囲気に話を出来ないでいるし。 ……何でこいつがここにいるんだよ。 ノースと鉢合わせしてエルゥが叫んでいたのと全く同じ事を考え、げっそりとため息をつく。そのため息を聞きつけ、ノースが「どうかしましたか?」と能天気に聞いてきたりする辺り、余計にティルの心をささくれ立たせるのだった。 「……そういえば、今日はやけに大人しいな」 お前の所為でため息が止まらんのや、と心の中で呟き、微妙にエルゥのイントネーションが移っちゃったりなんかしながら、ティルは不機嫌丸出しの声でぼそりと言った。 その台詞を聞きつけたコハクの表情が瞬間ぴくりと引きつったように見えたのは、彼に回復魔法をかけてもらっているリーフだけだったというのは、彼にとって幸運だったのか。 「ああ……。シトゥルーだったら当分出てきませんよ〜。だって彼、封印されちゃってますから」 「封印……?」 いぶかしげに繰り返したティルの言葉に、そうなんですよ〜と曖昧に微笑みながらノースが答える。 「やぁ、事故だったんですけどねー。見事に封印されちゃいまして、勝手に出てこれない状態になってるんですよー。……安心しました?」 「……封印の、強さに、よる」 一言一言区切るように言い、出来れば、一生出てきて欲しくないんだけど、と口の中で付け加える。 「強さ、ですかぁ〜?どれぐらい、なんですかねー?」 「……だから、手加減は無かったと……」 ノースの問いが向けられたのはコハクであり、問い掛けられたコハクも申し訳無さそうに呟いた。 「……ちょっと待って。話が見えないんだけど?」 リリィの疑問にリーフも頷いた。ノースとコハクは顔を見合わせ、やがてコハクの方が仕方ない、と言った表情を浮かべてぽつぽつと話し出す。 「私がキールに着いた頃、街外れの屋敷で幽霊話が持ち上がっていまして……。除霊を頼まれて、その屋敷に行ったのですよ」 「……それで?」 なんとなーく先が読めたな、と思いながらもティルは先を促した。 「ところが、問題の屋敷には幽霊が居るような気配は全く無かったものでして、噂が勝手に一人歩きしたものじゃないかって帰ろうとしたのですよ。そこへ……」 「コイツがやって来た」 「まぁ、そうなんですけどね。最初はノースさんのままだったのですが、話をしていると突然――」 「アイツになった。それでびっくりしたアンタは、コイツに霊でも乗り移ったと思った」 「……まぁ、そんなところです。それで、霊を祓うために使った術の所為で彼が出てくる事が出来なくなってしまった。……結果的には、封印してしまった事になります」 人に使うと何か効果が出るとは思いませんでしたし……と下を向いて続けた。 「フツーの人間には何も効果出ないんじゃないの?」 ノースの話をしている時、ティルの口調が投げ遣りになっている。面白いぐらい如実に表れているその変化を見て、リーフもリリィも小首を傾げた。 「コイツとかアイツとかって、何の話?」 今まで静かに話を聞いているだけだった眼鏡のハーフエルフの言葉に、「コイツは二重人格なんだよ」とティルは心底嫌そうに答える。 「それも、これ以上無いって程のハタ迷惑な、な」 「すいませんねぇ、いつもシトゥルーがお世話になって〜」 「誰もお世話なんかしたくねぇっての!」 「……お世話って、何?」 リリィの問いに答えたのは、ノースの方だった。ティルはと言えば、その問いには答えたくないのか、窓の外に顔を向けて聞こえない振りをしている。 「シトゥルーが……あ、もう一人の僕ですが……何だかティルの事、目の仇にしてるんですよねー。全く、彼に会うと大体シトゥルーでばって来ちゃうんですが、今出て来てないところを見ると、コハクさんの術は相当強力なモノだったようですねぇ」 「……すいません……。必ず、何とかしますから」 「……そのまま、出てこなくていーんだけどな……」 「目の仇に?……何かひどい事したの、ティル?」 「なっ!何でそーなるんだよ。気が付いたら纏わりつかれてたんだよ。被害者は俺の方なの。俺は純粋な被害者なのっ!」 「そんなにムキにならなくってもいーんじゃないですかねー」 「お前にゃ言われたくねぇっ!」 この場にエルゥがいない事が痛いぐらいに悔やまれた。彼がいたなら、一緒になってシトゥルーに今までこうむった迷惑を喋り散らしてやれるのに。 ……エルゥじゃなければ、おっちゃんとか。 ふとそう思い、それからそう考えた自分に少々驚いた。ケインは今頃何処にいるのだろう。自分の面倒を見てくれた白衣の男は、ティルが彼に疑問を持った途端、何も言わずに姿を消してしまった。 やっぱり、おっちゃんが? その時はそう思ったものだ。彼がティルに呪いをかけた張本人だから、それがバレそうになったから姿を消したのだと。 その考えが、充分ちぐはぐで筋の通らない意見だという事は分かっていた。もしもケインがティルに呪いをかけた本人ならば、その後に彼を保護して面倒を見てくれる事なんてはなはだおかしな話だろう。が、頭の何処かで、もしかしたらその通りなんじゃないか、と考える自分も根強く残っていたのだ。 今となっては、もっとよく分からなくなってしまっている。フィリエラの言う事が本当なら、ケインはきっと自分の複雑な呪いについては関わっていないはずだ。普通の人間である彼に、古代魔法の力を打ち消して呪いをかける事など、出来やしないだろうから。 彼がいなくなる前に、一言聞いてみたかった。 おっちゃんが、俺を犬にしたの?と。 一言、勇気を出して尋ねてみるべきだったのだ。 知らないままでいるという事は、場合によっては知ってしまう事よりも恐ろしい。 もちろん、ティルは知らない。 そのケインが今、このキールにいるという事を。 ――そう。 彼はまだ、全てを知らない。 キール、か。 街をぶらぶらと歩きながらフェリルは小さく呟いた。 イスライアで捕まえた男からエリザが聞き出した情報によると、結社のお偉いさん達が今、ここ港町キールに集まっているという。思った通り、それが何のためである、といういたって重要な個所までは知らされてはいない下っ端ではあったのだけれど、自分達が追いかけている連中が何処にいるか分かった、というのはありがたい事だった。 フェリルとしては、早くこの依頼を片付けて依頼人であるケインや同行人のエリザとおさらばしてしまいたい気分だった。彼らと一緒に行動しているとペースが乱されっぱなしだし、何より自分本来の目的が果たせない。他人に振り回されてそんな事になってしまうのは、フェリルとしては絶対に嫌だった。 キールのシーフギルド。そこに結社の人間は集まっていると言う。元々、リファレンスのギルドも関わっていたのだから、それは頷けるところだった。 だが、溜まり場がシーフギルドというのは厄介だ。ギルドに登録しているシーフでなければまず入り込めない。付け加えて言うなら、フェリルはもちろん登録していないし、ケインやエリザも登録していないだろうと思われる。その事は、ケインが「夜になったら襲撃をかける」と言っていた事から容易に推測出来た。 それを聞いた時、おや?と思った。おおよそ、この男らしくない、と感じたのだ。確かに、襲撃をかければ手っ取り早く入り込む事は出来るだろう。しかし、そんな事を仕出かしたら相手に気付かれてしまう可能性は大いにあるし、何よりもシーフギルド全体を敵に回す事になりかねない。流石のフェリルもそんな事にだけはなるのだけは御免だった。 ……この男。 一体何のためにこの組織を追いかけてるんだろう。 それだけ無茶な事だというのは、ケインだって重々承知のはずだ。裏で仕事をしていた人間ほど、裏のルールの厳しさは知っている。それなのに、提案したのはそんな無謀としか言えないような言葉。 やはり、不思議な男だ。 だから、その無謀な提案に乗ってみようかという気になってしまう。 ――全く持って、らしくない。 ケインに会ってから何度思い浮かべたか分からないその言葉をまた心の中で呟き、フェリルは一人苦笑いを浮かべたのだった。 |