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結局、エルゥとべオが帰ってきたのは夕方になってからだった。二人の浮かない表情からして、フィリエラの行方が分からなかったのだという事は、一目瞭然だった。 何故かにこにこと居座っているノースを目にして、エルゥはあからさまにげっそりとした顔をして見せた。 「襲われたという場所には、何も無かった。魔法が使われた形跡すら、無くなっていたよ」 そんなエルゥに代わり、べオが淡々と報告をする。リリィが小さくため息をついて額に手をやり、リーフが申し訳無さそうに肩を落とした。 「……どういう事なのか、話してもらいたいな。それとも、私達がいない間にもう話し合いをしたのかな?」 「いや……。みんな揃ってた方が良いかと思って」 本当は、ノースのお陰で話し合いをしようなどと言っていた事はすっかり頭の中から吹き飛んで忘れていたのだが。 そんな事とは露知らず、べオはふむ、と頷いた。リーフやコハク、ついでにノースまでもが興味津々と言った表情でティルを見つめている。 「話すと、長いよ」 そう短く前置きし、ティルはこれまで起こった事を静かに語り始めた。 「――つまり、だ」 長い話をティルが終え、口を閉ざしてから約五分。沈黙の後に口を開いたのはべオだった。黙って聞いていた全員の視線が、彼に集中する。 「フィリエラが” ゆっくりと、慎重に言葉を選びながらべオは続く台詞を話し出す。 「一つ、質問があるんだが」 「質問……?」 「君の話は正直言って信じられない、と言ったところだが、それは百歩譲ろう。その話を頭から信用するとしても、腑に落ちない点がある」 そう言って、一度、部屋にいる全員の顔を見回してから、 「その宝珠――。一体どうやって盗まれたんだ?」 「……っ!」 それは、あまりに単純で答えようの無い質問だった。瞬間、唖然としたティルだったが、すぐに「それは分からない」と答えを返した。それ以外、彼には返答のしようが無かったのだ。 「俺がフィリエラと会った時はもう、その宝珠は盗まれた後だった。宝珠が盗まれたからこそ、俺が必要になったんだし」 「ああ、それは分かったよ。今の話だと、フィリエラは君達と会うまで……なんと言うかな、こちらの世界には、いなかったのだろう?だとしたら、彼女が持っていたはずの宝珠が、どうやってこちらの世界に出てきてなおかつ、盗まれたりするんだ?」 「……言われてみりゃーそーやなー。あの木ン中はリリィちゃんいないと入れないんやろ?」 言って、今までずっと黙っている彼女の方を振り向いた。 「……リリィ?」 俯き加減でベッドに腰掛けている彼女は、両手を握り締めて小さく震えていた。 「どーしたんや?」 「……宝珠は、フィー様が持っていたものじゃないからよ。古代魔法の宝珠は、持っているだけで継承者自身の力を吸い取って行く事があるの。だから……」 エルゥの問いから一瞬の間を開けて、リリィは意を決したのか顔を上げ、小さな声だがきっぱりと言い切った。 「……宝珠が盗まれたのは、あたしの所為なの」 彼女のその言葉は、その場の空気を凍りつかるだけの力を持っていた。ティルやエルゥはもちろん、何となく成り行きでこの場に留まっているコハクやノースまでもが、彼女に視線を合わせたまま、動かない。 ――そうだ。 何か、おかしいと、思ってたんだ。 漠然と、ティルは思い出す。リリィやフィリエラに初めて会った時。何となくだが彼は、話に何処か違和感を感じていた。もちろん、その突拍子も無い話に信憑性を求めるという事も無理だったし、彼女等の話自体が信じられないと思った事もある。今だって、半分も信用しているのかどうか、分からないぐらいだ。それなのに何故、一緒に行動しているかと聞かれると、信用ではなく、期待だ、と彼は答えるだろう。頭から信じて行動するのはまだ恐いけれど、その話がもしも本当だったなら――と考えるのは自分にとって悪い事ではないと思えるからだ。 それはつまり、慎重ではあるが、彼自身がそれほど強くは無いと言う事だ。 棚から落ちてきた事実を認める強さも、ましてやそれを否認する強さも持ち合わせていなかったという、ただ、それだけの事。 だから、最初に感じた違和感を忘れて、ただダラダラとフィリエラに流されてきたのだ。もしも、彼女等の言う事が真実で、自分の正体が本当にイグナーダなのだとしても、事実がはっきり分かってしまえば吹っ切れる……そう、思ったから。 「……それは……一体、どういう事や?」 呆然と呟いたエルゥのダミ声を聞いて、ティルはズレた思考を方向修正した。今は、そんな事を考えている場合ではないはずだ。 「確かに、リリィの所為ってどういう事だよ?」 自分では、冷静な声を出せるつもりだった。だが、彼の意に反して口から飛び出したその台詞は追い詰めるような鋭い響きを持っており、エルゥがびっくりしたように彼を見た。当のティルも自分の言葉が鋭かった事に気付き、はっとしたように口を押さえる。 「あ……ごめん」 「……あたしがね、宝珠を、守れなかったの」 リリィは一度台詞を切り、深呼吸するように息を吸い込んでから話し始めた。 ――今までずっと、彼女の中の一番奥深い場所に仕舞い続けてきた話を。 その日は、朝からどんよりとした雲が立ち込めていた。今にも雨が降り出しそうな空模様に顔をしかめ、リリィは光の宝珠の祭ってある祭壇へと急ぎ足で向かう。急がなければ、帰り道に雨に降られてしまうかもしれない。 祭壇は、いつも通りにそこに在った。彼女の住む村を見渡せる、小高い丘の上である。晴れた日ならば、彼女はそこから村を見下ろしながらいつも止む事の無い、涼しげな風に吹かれているのが好きだった。 祭壇の中は、ひんやりとした空気に包まれていた。肌を刺すような冷たい空気に思わずぶるりと身震いをし、リリィは宝珠の下へと急ぐ。 幾重の厳重な結界に囲まれた祭壇に祭られている、白く虹色に光を放つ真珠のような小さな球。その小さな球が、彼女が生まれた時からずっと、守らなければいけないと頭の中に叩き込まれている宝珠だった。 いつも通りに祈りを済ませ、その結界を確かめる。それが、彼女の一族が毎日欠かさず行っている日課であり、ちょうど今日は彼女がその当番だった。 そんな日々に、彼女は疑問を抱いた事など無い。それらは、小さな頃から刷り込まれている当たり前の行為だったからだ。この宝珠を守る事。彼女の村とは、その為だけに存在しているのだから。 祭壇を出て、リリィはきな臭いような匂いを嗅ぎつけ、眉を寄せた。あまり嗅ぎ慣れない、焦げ臭いような匂いである。その匂いを運んできた止む事の無い穏やかな風は、彼女の村の方向から吹き付けていた。 ……何だろう? 首を傾げ、言いようの無い不安に襲われる。小走りになって彼女は、いつも日向ぼっこしながら村を見下ろしている、自分の中でベストポイントだと思っている場所へと駆け寄った。何か、激しく胸騒ぎがしていた。 「……っ!!」 そのポイントから彼女が見下ろしたものは。 煙を上げて燃え落ちる村の光景だった。 ――そんなっ!? どうして……? 浮んだ疑問の答えを探すよりも速く、彼女は地面を蹴っていた。でこぼこ道に足を取られ、何度も転びそうになるがそれでも走る速度を緩めない。こんなに村が遠く感じられた事は初めてであり、もどかしい思いで村に近付くにつれ、焦げ臭い匂いに混じって、煙も立ち込めるようになってきていた。 永遠にも思えるほど長い時間を駆け抜けて到着した村の様子は、もう彼女が知っている生まれ故郷では無かった。ぱちぱちと燃える木の爆ぜる音。もうもうと立ち込める重たい煙。そして――。 点々と転がる、村人達――。 自分とよく喧嘩をした、幼なじみもいる。暖かな力を持つ笑みを浮かべて、いつも自分がどうすれば良いのかという道を指し示してくれた人もいる。彼女の知っている人がみんなみんな、ここにいる――。 ……これは、何? 両手を握り締めて、リリィはぼうっと突っ立っていた。何が起こったのか考えるという事を、結論を出すという事を、彼女の精神はシャットアウトしていた。 そうすれば、考えさえしなければ、目の前の光景は全て夢で、そろそろ目が覚めるんじゃないか――。 そう……思っていたのかもしれない。 今更、ぽつりぽつりと大粒の雨が落ちて来た。雨はたちまち土砂降りとなり、村を焼き尽くした炎をゆっくりとだが確実に消して行く。今までの黒い煙に代わり、村には白い水蒸気が立ち込めるようになった。 ……夢じゃ、無い。 冷たい雨に打たれながら、リリィはぽつりと呟いた。その呟きは、考える事をシャットアウトした彼女の脳裏に浸透し、じわじわと本来の機能を復活させる。 ……夢じゃ、無いんだ。 雨に濡れて額に張り付いた髪の毛を伝い、雨粒が彼女の頬を流れて行く。 ……何故? 夢じゃないなら、どうして……? 呟いた、彼女の問いに答えたのは結局、彼女自身の呟きだった。 『そんなの、分かりきってるじゃない』 リリィはくるりと回れ右をすると、元来た道を駆け上り始めた。 ――光の宝珠。 この村が襲われる理由なんて、他に無い。 「……だけどね、守れなかった。宝珠はもう持ち去られた後で、あたしは何も出来なかった。ただ生き残ってしまっただけで、一体誰があんな事をしたのか、誰が宝珠を持ち去ったのか、それすら知らないの。あたしには、何も、出来なかったの――」 ほとんど独白のような状態だった。 「それで、フィリエラのところに行ったんだね」 長い話を聞き終え、ティルがようやっと口を挟む。リリィは「そう」と短く言って頷いた。 「他に何も考えられなかった。宝珠が盗まれたと言ったら、フィー様は貴方を捜せとおっしゃったわ」 ――光の力を中和するには、闇の力が良い、か。 フィリエラに会った時、彼女が言っていた言葉をティルは思い出す。 「でも、それが何でリリィちゃんの所為になるんや?リリィちゃんは別に責任感じる必要は無いと思うで」 「あたしは、何も――」 「出来んかった、か?フィーちゃんに知らせる事が出来たんは、リリィちゃんのお陰やないんか?そんで、わいらを捜し出したんも、リリィちゃんのお陰やないんか?ホンマに何も出来んかったんか?」 「……あたしは……誰が村を襲ったのか、宝珠を奪ったのか、それすら知らない。あの時もっとしっかりしていれば、今頃は宝珠だってきっと取り返していたはずだわ」 感情を押し殺した固い、声。おしゃべりなエルゥですら、一瞬口をつぐんでしまうほどの深い後悔が、そこには含まれていた。 「違う?あの時、もっと早く祭壇へと行っていれば、宝珠を守れたかもしれない。守れなくたって、相手が誰だか知っていたかもしれない。そうすれば――」 「……違うよ」 ティルはもう一度、同じ言葉を繰り返した。 「それは、違う。知らないままで、良かったんだ」 「どうして、そんな――」 「知っていたら、君の目的はきっと、違っていたよ」 ――復讐、にね。 リリィはティルを見つめ、すぐに彼から目を逸らした。それは、今だって彼女が漠然と思っている事だったから。 「……いけない?」 それがそんなに、いけない事? ――あたしはそうは思わない。 「生きている、という事には誰でも意味がある」 そう、柔らかな口調で語りかけたのはべオだ。どきりとするほど実感の込められたその台詞に、全員が彼を凝視してしまう。 「君が生き残れたのは、復讐するためじゃない。そんな行為は、生きる意味にはならないし、ましてや死者への弔いにすらならない。復讐などと、自分の命を捨てかねない理由に、自分が生きている意味を求めてはいけないんだよ」 「……じゃあ、他にどういう意味があるって言うんです?」 リリィの攻撃的な視線を受けながら、べオはやんわりと何処か曖昧な笑みを浮かべて言った。 「その意味を探す為に、生きるんだ」 |