|
何故だろうって思ってた。 ――光の、宝珠。 あんなものに、どれほどの価値があるんだろうって考えてた。 ただの宝珠だ。ただ、普通の人間には扱えないほど強力な魔法の力を引き出せるというだけの。 だけど、それが、大きな違い。 それこそが、大きな、違い。 あたし達が守っていたものが、光の宝珠でさえなかったら。 あたし達が仕えている人物が、伝説の聖母でさえなかったら。 全ては結果を見てしまったからの、空想でしか無い。 もしも……でさえなかったら、という、意味を持たない願望でしか、無い。 それでも。 それが分かっていても。 考えずにはいられなかった。 それなら、今という時は変わっていたのだろうか――と。 「……べオさんは、見つけたんですか?」 自分が生きているという事の意味を。 ぽつりと問われたその問いに、べオは曖昧な笑みを浮かべたまま、頭を振った。その様子は、小さな子供が嘘をつこうかどうか迷っている仕草にも見えて、彼が今までに一度も見せた事の無い表情だった。 「私は……私を見つけるために旅をしている」 小さいがはっきりとよく通る声で、彼はそう言った。さらりと言い切ったその台詞を聞いて、リリィは少しだけ、皮肉めいた笑みを浮かべる。 「決まりきった、台詞ね」 乾いた声で、リリィは言う。 「あたしも、そういう事にしとこうかしら」 揶揄したような、攻撃的な言葉。 「……そう思うなら、そうするが良い」 だが、返って来たのは、そんな静かな台詞だった。じわりと胸に染み込んでくるような感じがして、リリィはふっと目を伏せた。 ――あたし……何やってるんだろう。 べオの言葉は、ちくちくとささくれだった彼女の心に、ころんと丸みを帯びた塊となって居座った。その塊は、ゆっくりとだが確実に、彼女のささくれだった心を落ち着かせ、次第に冷静さを取り戻させて行く。 ……空回りしてる。 そう、思った。 自分が今すべき事は、こんな事じゃない。 『独りっきりは、可哀相だから』 今、自分がしなければいけない事は。 「……フィー様を、捜さなきゃ」 宝珠は守れなかった。ならば今度は、 ――同じ過ちは繰り返せない。 彼女を守る事。 それが、あたしの使命だ。 それがきっと、あたしが生きている、理由――。 「せやな、それが一番の問題や」 いつも通りの耳障りなダミ声で、エルゥが言う。彼の言葉は、目に痛いほど鮮やかなグリーンの羽の色と同じぐらい、場を明るくさせる力を持っていた。リリィの打ち明け話を聞いて、重たい雰囲気になっていた部屋の空気が、ふわっと軽くなる。 「フィーちゃんが何処に行ったんか、まずはそれを捜さなあかんやろ。生きとる意味なんてモンは、フィーちゃん見つけた後に考えたって遅くはないんや」 「……エルゥが言うと、妙に説得力あるよ」 「当たり前や。わいは、いっぺんあの世っちゅうところ拝みに行っとんのやで?そんじょそこらでかるーく命の尊さを語っとる聖職者だなんだって奴らよりもずうっと命の大切さはよく知っとるわい」 「……かるーく語ってたつもりは、ありませんでしたけどね」 「……?なんや、あんたらまだいたんか」 苦笑混じりに呟いたコハクの言葉を耳聡く聞きつけ、エルゥがさらりと失礼な事を言う。ノースは曖昧ににこにこと首を傾げ、コハクはいましたよ、と言葉を返した。 「なんやアンタ……。命の重さを語る職業なんかいな」 「別にそんなんじゃありませんけど。私はともかく、家が寺でしてね」 「寺っちゅうと、アレか?教会みたいなもんか?」 「まぁ、そんなところです」 ふーん……とエルゥは改めて目の前の異国の少年を上から下まで見回した。 「……まー、話聞かれたんはしょーがない。そーゆー訳や。今はあんさんの相手しとるヒマ無いで」 前半は両者、後半はノースに向けられた台詞だ。ノースに対する時は、エルゥの口調にも刺が混じっているのがハタから聞いていても分かる。なので、ティル以外の事情を知らない面々は、珍しいなぁという顔をしてエルゥを見つめた。彼は、確かに言いたい事をぽんぽんと口に出してしまう性格ではあるが、個人に対して嫌悪感を表わすという事をあまりしない人物であるので、直接ノースに関わった事の無い人間から見たら、珍しい、不思議だなあという感想を持ったのだろう。ノースという青年だけを見るならば、それほどティルやエルゥに嫌がられるような理由が見つからないからだ。彼ら以外でただ独り、問題となっているもう一つの人格、シトゥルーと会っているコハクは、何ともいえない微妙な表情を浮かべて、そんなエルゥを見ていた。 「まー、僕は別にいーですけどね。僕は、コハクさんにこの状況を何とかしてもらえさえすればいーんですから」 「……や、そのままでいーって、世界の平和のためにはさ」 ぼそりと言ったティルの台詞は、綺麗さっぱり無視された。 「私は、この人達について行きますよ」 無視した後に飛び出したコハクの言葉は、こんなものだった。 「……な……んで?」 ぽかんとした表情を浮かべて、ティルが呟いた。勝手に彼の口をついて出てしまったその言葉は、この場にいるべオ以外のみんなが言いたかった台詞であったようで、みんながみんなティルと同じような表情を浮かべている。そのままたっぷりと一分ほどコハクの顔を見つめ、やがて彼の目線は異国の少年の隣にいるノースへと移行した。そんなティルの顔に浮ぶ表情は、さっきの呆けたような表情から、ちょっと引きつったような表情へと変化している。 ……それって、もしかしてさ…… 嫌な、予感。 「じゃあ、僕もみなさんと一緒に行く事になりますねー」 ……やっぱり。 やっぱり、そう来たか。 嫌な予感ほど、的中するもので。 ノースはあっさり言い切った。ティルとエルゥは一瞬顔を見合わせ、同時に首をこれでもかという程左右にぶんぶんと振って、断固反対の意を表明し始める。 その仕草に、もしかしたら鬼気迫るものでも感じたのかもしれない。コハクは困ったように眉を寄せると、小首を傾げた。 「だけど、ここで別れても、結局また会う事になると思いますよ?」 「そーなんだよ、それがいつものパターンなんだよ。いっつも会いたくないところでばったりと……。って、そんな予言は嬉しくも何とも無いからするなー!」 「……はぁ……。すいません」 頭を抱えてぶつぶつ呟いていたと思ったら、かなり思いの入った声で懇願するように叫ばれて、コハクは何となく頭を下げた。ここまで嫌がられるシトゥルーが、ちょっとだけ可哀相だな、などと思いながらも、ティルの気持ちも分からないでも無いなー、なんて矛盾した事を考えてみたり。 だけど、今言った事は、予言でも何でもなく、事実だし。 「あのですね、私が言っているのは、ノースさんと会う事になると言っているのではなく、私と会う事になる、っていう意味なんですよ」 「同じ事だよ。そいつはあんたにくっついて回ってるんだろ?」 ……ダメだこりゃ。 寝耳に水。 今のティルには何を言っても無駄だとコハクはようやく理解して、小さくため息をついた。シトゥルーを元に戻すまでノースは自分から離れないだろうが、だからと言ってそのシトゥルーを元に戻す方法などを悠長に考えていられるほど、使える時間があるわけではない。今は、どうにかしてここにいる人達についていって―― ―― 「そこまで嫌われてるシトゥルーって人も、凄いねぇー」 のんびりとした口調でリーフが言う。私もそう思いますよ、と心の中で呟き、そんな人物と関わってしまった自分の不運を呪ってみたり。 それでも、ここで引き返すわけにはいかない。 シトゥルーと会ってしまった不運も運命ならば、ティル達一行と出会ったのもまた、運命なのだろうから。 「……私は―― 「……え?」 先程の遣り取りで落ち込んでいたリリィが短く反応を返した。 「だから、私の目的と貴方方の目的は、一致していると思うのですが」 こうなったら言ったモノ勝ちだ。それにどうせ、一緒に行くのならば遅かれ早かれ話さなければならない。別に隠す必要など無かった。 「何故?」 言葉が必要最低限しか使われずに短い単語で終わってしまうのは、彼女なりに警戒心を外に出さないうちに口を閉じれるようにと考えての工夫なのかもしれない。だが今は、その短さが逆に鋭さをかもし出しているようにコハクに突き刺さって、効果はまるで得られていなかった。 「私は、そのためにこのフィリルアーに渡ってきたんですよ」 努めて穏やかに話そうと心がける。言葉を慎重に選びながら、コハクはゆっくりと自分の目的を話し始めた。 ……すなわち、自分と姉が受けた『神託』の話を。 「私の家系は、大体『神託』を授かる力を持っていましてね」 コハクの話は、そういう切り出しで始まった。流石にティルとエルゥも嫌がるのをやめ、コハクの方を注目している。ティルの方はまだ、少なからず引きつった表情を浮かべてはいたけれど、とりあえずは何やら大事な話だと理解はしたようだった。彼の好きではない犬の尻尾が、ぱたんぱたんと定期的に揺れている。 「『神託』?つまり、予言を授かる力を持っている、という事?」 巫女だというリリィはそう言った方面には強いのだろう。彼女の言葉に、まぁ、そんなものですかね、とコハクは柔らかな肯定で返答した。 「『神託』は、何かが起きるという時に突然にやってきます。私達にはそれがいつ来るのか、予想する事もましてやそれを使いこなす事も出来ません。ただ、降りてきた『神託』を聞いて意味を理解し、それを周りに伝えて役立てる事――。それが、この能力を持つ者の使命です。そして姉は、その能力に長けていましてね」 多分……光を失った両目の代わりに。 その言葉は、彼の心の中でのみ、続けられた。 「私も少しですが、『神託』を授かる能力を持っています。持っていると言っても、本当に微弱なもので、役に立つほどのものではありませんでした。性別的に、どうやらこの能力は女性の方が強く出るようでして。それが、二週間ほど前からか、ある夢を見るようになりましてね」 「夢?」 ええ、とコハクは頷いた。 「夢、です。最初は毎日同じ夢を見るので不思議な事もあるものだと思っていましたが、そのうちに昼間にも見るようになりまして……。姉さんに尋ねたところ、それは『神託』じゃないかと言うのですよ」 それまでは本当に役に立たない程度の力でしたからね、とコハクは念を押すようにもう一度繰り返した。 「どうやら姉さんも、同じ夢を見ていたようなんです。ただ、私が見ていたものよりも詳しいものでしたが。そして、姉さんの夢の中に出てきた人物が――」 ―― どんな人物だか分かりもしないのに、彼女はそう言い切ったのだと言う。 「『神託』、というのははっきりと何が起こる、という風には現れません。それを受け取った側がどう解釈するかは、受け取った人物にかかっています。それでも、その夢の内容から考えついた意味は、二人とも同じものでした」 「……どんな、意味だと?」 そう尋ねたリリィの声は固い。その質問にコハクが答えるより早く、リーフが窓側を指差して声を上げた。 「あのね、ティルのナイフ……」 「俺の、ナイフ?」 窓際の壁にはティルの荷物と一緒に、ベルトごと外した彼の愛用のナイフが置いてある。リーフの指先につられるように身体ごとそちらに向き直った彼が目にしたものは、鞘に入ったままでも刀身が淡く輝きを放っているのが分かる自分自身のナイフだった。 |