「な、何だよ、これ……」
 淡く白い輝きを放つ自身のナイフをおっかなびっくり見つめながらティルは思わず呟いた。当たり前だが、今までにこんな現象が起きた事は一度も無い。
「誰か、灯火ライトの魔法、かけた?」
 彼の質問に、肯定で答える人間は誰もいない。そんな中、その変哲の無いナイフだけが、淡い輝きを周囲に放ち続けている。その白い光だけを見れば、確かにそれは松明代わりに使用される”灯火ライト”の魔法の作り出す光とよく似ていた。
「これ、触ったりして爆発とかしないだろーなー」
「ンなもん、するわけ無いやろ。光うてたって、ナイフはナイフや。物切る事は出来ても、爆発なんてけったいな事はしないで」
「じゃーエルゥ、触ってよ」
「嫌や。それはわいのナイフやない」
 あっさりと言い切ったチェックスに少々恨みがましい視線を向け、周りを見回す。何か言いかけて水を差された格好になったコハク、ナイフの異変に最初に気がついたリーフ、静かに話を聞いていたべオ――その場にいる全員が、それぞれ違った面持ちで光を放ち続けるナイフを見つめていた。あからさまに好奇心一杯の目でそのナイフとティルの顔を交互に見つめてるエルゥとノースに「いーよな、お気楽で」、と内心でぶつくさ文句を言いながらティルはそぉっとナイフに手を伸ばす。彼の指先がナイフに手が触れる瞬間に、もっとよく見ようとでもしたのか鳥特有の細長い首をもっと長くして覗き込んだエルゥに気付き、よっぽど手が滑ったフリをして投げつけてやろうか、という衝動に駆られたが、幸か不幸か実行はされなかった。
 こつん、と指先でおそるおそる鞘を突いてみる。幸いな事に、それでナイフが爆発したりとか、花火が出たりとか、空に舞い上がったりはしなかった。ほっと息を一つついて、ティルはナイフを鞘から抜き放ってみる。
 ……と。
「ぅわっ!!」
 鞘の中から現れたナイフの刀身が、それこそ爆発でもしたかのような真っ白い強烈な光を辺りに撒き散らした。光、というよりは、閃光、と表わした方が適切かと思えるぐらいの代物で、思わず手に持ったそれを床へと投げ捨てる。カラン、と乾いた音を立てて床に転がった後も、ナイフは眩しい光を放ち続けた。
「ホントに、ホントに誰も何もしてないのかよっ!」
 ほとんど悲鳴混じりのティルの台詞。ここでも、彼の言葉に「自分が魔法をかけました」、などと自首してくれる人物はいない。目をまともに開けていられないぐらいの光の中で、部屋の中を彷徨っていたティルの視線は、楽しんでるんだか困っているのか判別出来ないような顔をして目を覆っている、ノースの所でぴたっと止まる。
「全く、お前らと関わるといつもこーだっ!何なんだよ、何でいっつも面倒ばっかり持ってくるんだよっ!!」
 びしぃっと指を突きつけて言われたその台詞は、すでに当り散らしているとしか取れないようなものだった。ノースは目を覆ったまま曖昧に首を傾げ、「え、僕の所為ですかねー」とマイペースに返す。
「僕は何もした覚えはありませんけどねー。大体僕等は、魔法ってやつはどうにも好きになれないですし。こんな細工は、魔法ってやつを使わないと出来ないような気がしますよー」
「ああ、お前らの所為だよっ!お前らがいっつも悪いモン運んでくるんだろっ!!一体何なんだよ。俺が何かしたかよぉっ!!」
 最後はもう絶叫になっていた。その様子を見たエルゥが「あかんな、すっかりシトゥルー恐怖症になっとる」とぼそりと呟いたが幸い、その言葉はティルの耳には入らなかった。
 ……ん?魔法……?
「……ティル」
 つんつんと、ティルを突く。
「魔法が使えなくたって、知らないうちに拾った道具とか暴走させてたりするんじゃないか?それもわざわざ俺のいるところで!」
「やー、そんな事は多分、無いと思いますよー。少なくとも僕は、得体の知れないものを拾ったりはしませんし」
「おい、ティル」
「多分?僕は?それじゃああいつはそういった事をしてるかもしれないってワケだ。あーもー、どうしてくれんだよ、この始末!!」
「くぉらティル、わいの話も聞かんかい!」
 エルゥの怒鳴り声と一緒に、ごすっと中々に痛そうな音が部屋に響く。一瞬の静寂の後、殴られた頭に手をやりながらティルは、ほとんど本気だろうと思われるほどの力でぶん殴ってくれたエルゥに矛先を変えた。
「いってェな、何すんだよ、いきなり!」
「あんさんがわいの話を聞こうとせんからや。そりゃあ、ティルがシトゥルーに付き纏われてたっちゅうんはよ〜っく知っとるがな、今はちったぁ頭を冷やさなあかん時やで」
 珍しく真顔で諭されて、ティルはまだ何か言いたそうな顔をしてはいたものの、とりあえず口は閉じる事にしたようだ。
「せやせや。シトゥルーに文句言うんは、後でも出来る。今は、フィーちゃん探すのが先やろ?」
「……そりゃー、そうだけど……」
 ちらり、とまだ光を放ちっぱなしのナイフに目をやる。それに気がついたエルゥは、せやからな、と言葉を続けた。
「そのナイフな、シトゥルーが何かしたんとちゃうで。あいつにゃ確かに色々迷惑な事されたんもあったがな、今はちゃうんや。それはな、フィーちゃんが仕掛けた事や」
「……え?」
 ティルとリリィの声が綺麗に重なる。
「だって、何で、ナイフなんかにこんな……?」
「思い出してみィ、ティル。カーラ村の宿屋でフィーちゃん、お前のナイフいじっとったやないか」
「……あ……」
 言われて、頭の隅に追いやられていたカーラ村での記憶を呼び戻す。
『お主、ホンットに宝珠を持っておるのか?』
『あまりにお主が頼りないのでな。いざと言う時のための保険をかけさせてもらったまでじゃ』
 いざと言う時のための、保険。
 確かにフィリエラは、あの時、俺のナイフに何か魔法をかけていたみたいだった……。
 でも、保険って……?
 いざと言う時って、何だ……?
 そうティルが考えたのが伝わったかのように、ナイフの光が一本に収束し、窓の外へと突き刺さった。その光は一直線に街の北の方角を示している。
「……多分、この光の先に、フィーちゃんはおるんや」
 エルゥのその言葉に、否定で答える者は誰もいなかった。


 何やってるんだろう、俺。
 表立って目立つような事は命取りになりかねないと、極力避けてきたつもりだったのに。
 ……全部、パァじゃねぇか。
 それもこれも全て、あの男に関わってしまった所為だ。
 ため息をつきつつ、隙ありと右横から襲ってきた男をあっさりと蹴り倒し、ちらりと後方で隠し扉の鍵を開けようと魔法をかけているケインを見やる。鍵自体が魔法で閉じられているようで、扉を見つけてからかなりの時間が経過していた。その間に、もう何人のギルド関係者を眠らせたか分かったもんじゃない。
「アラァ、今日は変身しないのネェ?」
 少々残念そうに口を尖らせて、エリザが聞いてきた。彼女はこの状況を充分楽しんでいるようで、見かけた人間に片っ端から魔法をかけて眠らせたり操ったりしている。
「……こんな目撃者だらけのところで、そんな事出来るかよ」
「何で?何かマズイ事でもあるのォ?」
「……別に」
 興味津々、といった表情で自分を覗き込んでくるエリザから逃げるように、フェリルはケインの方へと近付いていった。彼が魔法をかけているのは一見、ただの壁に見える。が、よく目を凝らして見ると、ちょうど扉だとするならば取っ手がついていそうな位置に、小さな十字架を象ったレリーフが掘り込んであるのが確認出来た。左右非対称の、十字架と呼んで良いのかどうか首を傾げたくなるようなレリーフである。つまりは、銀の十字結社の印だ。
「まだ、開かないのかよ」
 わざとにイライラしたような口調で訊ねてみる。ケインはふっと息を一つ吐くと、「厄介だな」と短く答え、魔法を中断する。
「……厄介?だけどな、早く開けてくれないとこっちだって大変なんだよ。ギルドにどれだけの人間がいたのかは知らないが、これだけ派手に騒げばここに待機してなかった奴らだって収集かけられるだろ?」
「そりゃあ、そうだろうな」
 入り口付近で暇潰しのつもりなのか、眠らせたギルドの人間を操ってフォークダンスなんぞを躍らせているエリザをちらりと見、フェリルはもう一度、ため息をついた。ケインも同じものを目にして、苦笑を浮かべる。
「早く開けてやんねーと、ここでダンスパーティ始まっちまうぜ」
「全くだ」
 頷くと、ケインは白衣の内ポケットから一枚の紙を取り出した。手のひらに収まってしまいそうなサイズのその紙には、何やら不可解な紋章が描かれている。
 その後に起こった出来事は、あまりにも簡単だった。ケインがその紙を扉に当て、一言口の中で何かを呟く。紙に描かれた紋章が一瞬光を放って扉に吸い込まれ、紙は何も描かれていない白紙に戻る。
 たった、それだけ。
 それなのに、今まで開く気配を見せなかった扉があっさりと内側に開き、下に続く階段が彼らの前に姿を現した。
「……何だよ……。すぐ開くんじゃねぇか」
「お前と一緒さ。なるべくなら、使いたくない手段だ」
「……ふん」
「隠し事ばっかりしてると、いざって時素直になれなくなるわよォ?……って、充分素直じゃないか、アンタ達は」
 扉が開いたのを見て、エリザもこちらへとやって来る。フォークダンスから解放されたギルドの人間が、へなへなとその場に崩れ落ちた。
「ふーん。ここからが本番ってワケねェ」
 階段を覗き込み、心底楽しそうな声でエリザは言った。
「ほらほら、早く行きましょ。こーんなところでぐずぐずしてると、それこそまた厄介なのが来ちゃうさネ」
 言い終わるよりも先に、勝手に階段を下りようとするエリザを捕まえ、流石に少々厳しい表情をしてケインは言う。
「ああ、確かにここからが本番だ。何があるか分からんから、もうちょっとは用心してくれよ」
「はいはい。そんな事は百も承知サ。子供じゃないんだからネェ」
 にっこりと、妙に自信たっぷりな笑みを覗かせてエリザは頷く。それを見たフェリル、どっから沸いて来るんだか分からない自信ってのは、見てる方からしたら恐いんだよな、などとぶつぶつ呟いてみたり。
「アラァ?何か言った、フェリルちゃん?」
「いや、何にも」
 ついでに地獄耳ときたよ、と今度は心の中でのみ呟く。流石のエリザも、これは聞こえなかったようで、「あら、そおォ?」と少しだけ意地悪げな笑みを浮かべただけで、混ぜっ返しては来なかった。
「この中に、俺の……というか、あんたのターゲットはいるのかね?」
「さぁな。だが、結社の人間がいる事は確かだ」
 そう、それだけは確かだ、とケインは小さく繰り返した。


 光の差す方向。すなわち街の北側に向かって、ティル達一行は急いでいた。
 夜とは言えど、深夜という程でもない。そんな中、一直線に光を放つナイフを持って結構な大人数、それも急ぎ足で移動するティル達は、奇妙に目立っており、わざわざ振り返って見る者や、何となく視線を逸らしてしまう者、あからさまに面白そうな顔をして遠巻きについてきてみたりする者――本当に様々な種類の人間がいるものだと、そのナイフを持っている当のティルなどは思ってみたり。結局、コハクとノースもくっ付いてきていた。
「ホンットにこれ、フィリエラのサインなんだろうな」
「間違うてたらそん時や。とりあえず、考えられる可能性は当たってみた方が良いやろ?」
「……だけどさ……。ここってどうみても酒場だよ?」
 ナイフから放たれている光は、躊躇う事も無く表通りから一本外れた小さな通りにある一軒の店の中を指していた。裏通りにある店だという事からして、あまりまともな類いの店ではあるまい。
「ここは、シーフギルドだ」
 後ろから、ぼそりとべオが言う。
「……え?ギルド?それにしちゃあ、何だか寂れてるけど」
 そういえば、この街に来た事があると言っていたな、と数時間前の台詞を思い出し、納得する事にした。べオが何をやっているのか詳しくは知らないが、シーフに見えない事も無い。
「シーフギルドだったら、シーフじゃないと中に入れないよねぇ?」
 リーフが言い、ティルを見やる。それにつられてなのかなんなのかリリィやエルゥも彼に視線を集めた。
「……分かったよ、とりあえず俺が様子を見てくるよ」
 言いながら少々の期待を込めてべオの方を見るが、彼はついて来る気配を見せなかった。小さく深呼吸をし、ティルは酒場へと向き直る。もちろん、シーフギルドには何度も足を運んだ経験があったが、何度行ってもギルド特有のぴりぴりした空気が彼は苦手だった。
「私も、行きましょう」
 ティルが酒場へと向き直った時。そんな静かな声が聞こえ、彼は耳を疑った。そう言った声は、この中で最もシーフらしくないと思える人物の声だったから。
 つまりは、白い法衣を纏った、コハクの台詞。
「……あんさん……。季球ではどうか知らんけどな、こっちではシーフギルドっちゅうとこはシーフしか入れない場所って決まっとるんやで?」
 困惑したような呆れたような口調で、エルゥが言う。その言葉に「ええ、それぐらいは知ってますよ」と軽く返し。
「だから、私も行くんです。この中に、ティルさんの他にはギルドに入れる方、いないのでしょう?」
「……話が、飲み込めないんだけど?」
「私も、ギルドに所属してるんですよ」
「……はい?」
 馬鹿みたいに聞き返す事しか出来なかった。エルゥとリーフに至っては目を点にしてコハクを凝視している。
「でもアンタ……坊さんじゃ……?」
「私の実家が寺だと言っただけですよ。私は次男坊ですから、好き勝手にやらせてもらっています」
「……好き勝手で、シーフかい……」
 理解出来んと言いたげに、ティルは一言呟いた。

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