「俺が気付いていないとでも思ってたか?もしそれで隠れてるつもりなら、もうちょっと気配を消すって事を覚えた方が良いぜ」
 後ろで一つに編んだ金髪。深い緑色の瞳。そこに立っていたのは、男とも女とも言い切れないどっちつかずな雰囲気を持った人間だった。
 相手は入り口に立ち、冷めた視線で真っ直ぐにティルの方を向いている。場所が場所だけに、この部屋から出る事が出来なくなってしまった。透明になっているからと言って、身体が透けて無くなってしまったわけではない。魔法なんかでは、幽体離脱出来るようになる魔法なんかもあるようだが、この腕輪の能力というのはあくまでも、使用者の身体を回りから見えなくするだけなのだから。
 だが、流石にティルだってそれぐらいの事は分かっていたし、自分の気配を消す術ぐらいは人並み以上に心得ている自信はあった。それなのにあっさり見破られているという事は、相手の方がずっと上手だという事。
 もし、中で何かが起こってたら。
 先程、エルゥが言った台詞が思い出される。
 確かに、何か起こってたわけだ。何も起こっていないのに隠し扉以外で人一人見つけられないという状況はまず考えにくい。
 そして何より、今目の前で何かが起こる可能性もある、という訳だ。それも、自分が巻き込まれるというあまり考えたくは無い結果が出る可能性が大。
 ……さて、どうする?
「どうせいるのはバレてんだ。見つかったら、かくれんぼは終わりだろ?」
 それは暗に、出て来い、姿を現せ、と言っているのだろう。口調も、その立ち方も全く普通だったが、隙は無い。ティルにとって幸いだったのは、相手はこの部屋の中、それも隠し扉の近くに誰かがいるという事は気がついていても、その正確な位置までは把握出来ていないのだろうと思える事だ。ティルのいる方向を正確に見てはいるが、彼の視線を捉えることは無い。
 緊張で、普通に息をするという行為すら今のティルには困難になっていた。お陰で息苦しいし、息苦しくなると大きく思う存分息をつきたくなる衝動に駆られる。悪循環だった。
「……そういや、前にもあんたらの仲間に同じ台詞を言ったような気がするな。よっぽどかくれんぼが好きなんだな、銀の十字結社とやらは」
 相手がため息をつきつつ、ぼやく。
 ……あんたらの、仲間?
 こいつは、結社の人間じゃないって事か?
 もし、そうなら……。
 少し、気持ちが揺らいだ。本当に相手が結社の人間ではないのなら、結社には自分達が浸入した事はまだバレていない、という事になる。それに、今の台詞からいって、この人物も結社に対して好意を抱いているわけではないのだろう。
 ……どうする?
 思い切って、姿を見せるか……?
「何が目的か知らねぇが、そのまんまいないフリを決め込むつもりだってんなら、こっちだって黙っちゃいねぇぜ?さっきも言った通り、かくれんぼは、見つかったらおしまいだろう?」
 微妙に、口調が変わっていた。全く反応が無い事に苛立ってきているのか、つま先がトントンと床を蹴っている。妙に規則正しいその音が、またティルを焦らせた。冷や汗が、頬を伝う。
 相手が立っている入り口付近から部屋の中をぐるりと見回した。ここは地下であるから、もちろん窓などは無い。脱出出来る場所と行ったら、自分が入ってきた入り口と、自分の後ろにある隠し扉の二箇所。
 そのうち、すぐに出入り出来るのは、隠し扉の方だ。
 ……少しの間、やり過ごせれば良い。
 もう一度、入り口と隠し扉を交互に見、ティルは思い切って隠し扉の中へ飛び込んだ。
 ……と、同時に「やれやれ」と声が聞こえ、足を止めて振り返る。
「全く、うるさいヤツじゃのぅ。わらわのようなか弱い美少女が、結社とやらの一員であるわけがなかろうに」
 聞き覚えのある幼い声。時代錯誤なその口調。
 階段の中で振り返ったティルの後ろ……つまり、隠し扉の内側から姿を現したのは、フィリエラだった。


 コハクが唱えた呪文に反応し、扉はぼぅっと青白い光を放った。だがそれも一瞬。その光はキンッと言うような甲高い音と共に砕け散ってしまう。
「……これは、並みのキー・ロックじゃないですね。私の鍵開けオープン・ロックでは無理のようです」
「並のキー・ロックや無いって……。それなら何なんや、これは。開けられへんって事か?」
「いえ……」
 言い方が悪かったですね、とコハクは言い、問題の魔法の掛かった地下室への扉を指差すと、
「『キー・ロック』の魔法は、それを使った術者の力に比例して『キー・ロック』の威力が増すんですよ。『キー・ロック』を掛けた術者以外が効果を打ち消すには、鍵を掛けた術者以上の力で『鍵開けオープン・ロック』を掛けなければならない――。まぁ、単純な理屈でしょう?」
「そんな丁寧に説明してくれへんでも分かるがな。じゃあ、コハク以外のやつが鍵開けオープン・ロック試してみたらいーんとちゃうか?」
 それこそ簡単な事やがな、と続け、エルゥは周りを見回した。エルゥの明るい声に反比例して、他の人物の表情はみんなぱっとしない。
「……多分、私以外に鍵開けオープン・ロックを使える人は、ここにはいないと思いますが……」
 遠慮がちに、コハクが言う。
「何やて?そんなもん、べオとかちょいちょいーと使えへんのかいな?」
「私は、魔法は専門外だよ」
 静かに言ったべオから、ノースをすっ飛ばしてリリィに視線を合わせる。そうすると、彼女も、首を横に振った。
「せやけど、開けてみましょう言うたのはコハクやで?何か手はあるんやろな、もちろん」
「ありますよ、もちろん」
 エルゥの咎めるような声と違い、落ち着いたはっきりした声で、コハクは言う。
「家の扉の鍵が開かなければ、一体どうします?」
 突然の問いに、エルゥは少々途惑ったような顔を見せて、言葉を返す。
「んなもん……鍵を探すか、誰かに開けてもらうか……」
「答えは、もっと簡単です」
 そのエルゥの答えを最後まで聞かず、コハクはにっこりと会心の笑みを浮かべてこう言った。
「鍵ごと、扉をぶっ壊すんですよ」
「……へっ?」
 その言葉には、この場にいる全員がぽかんとした表情を見せた。コハクだけがさも当然、という顔をして、懐から札を取り出す。
「危ないですから、少し離れてくださいね」
「……ちょ、ちょっと待ちぃやっ!!」
「エ、エルゥさん!離れた方が良いですよー!」
 止めようとしたエルゥをリーフが引っ張り、リリィが急いで張った結界の中へと引きずり込んだ。その直後、札を右手の人差し指と中指に挟んで空中に五芒星を描いたコハクは、遠慮無く術を発動させた。
「護法、爆裂陣!!」
 赤く光を放ち始めた札をぱっと空中に散らしたのは、その言葉と同時。
 間発入れず、ひらひらと重力に従って自由落下を始めた札を、両手で持った六尺棒で力任せに上から扉に叩きつけた。その瞬間、どがぁっ!!と凄まじい音がして、叩きつけられた札はそのまま爆発を巻き起こす。
「……ホンマに、やりおったわ……」
 呆れ返っているのか、それとも放心しているのか。ぼ〜っとした口調でエルゥが言い、リリィも苦笑を浮かべた。扉のある場所は、同じ部屋の中にあるのだから遠いわけが無いというのに、結界の中には入ってこれずもうもうと回りに立ち込める煙に阻まれて、一体上手く扉を破る事が出来たのか、それすら確認する事は出来ない。
「あんな、大人しそうな顔しとるクセに、やりよる事は過激やな」
「そう?あれぐらいだったら、俺もやるよ?」
「……わい、これから人間はよぅ付き合ってから判断しよる事に決めたで」
 げっそりと、疲れたような声で言うエルゥ。先程結界に引きずり込まれた時に、彼自慢の羽が何枚か抜けてしまっていたのだが、それを気にする余裕すら、無いようだった。
「……なるほど。厳重に鍵を掛けていた理由は、これですか」
 少しずつ引いてきた煙の中から聞こえてきたのは、そんなコハクの声。
「何が、見つかったんだ?」
「このギルドに、誰もいなかった理由ですよ」
 ああ、もう出てきても大丈夫ですよ、とコハクは穏やかに付け加えた。
「ただし、落ちないように気をつけてくださいね」
「落ち……る?」
「床、半分ぐらい無くなってますから」
 あっさりと言ったコハクの言葉は、嘘では無かった。ある程度煙が晴れ、普通に部屋の中が見渡せるようになると、コハクの立っているカウンター……いや、カウンターだった場所には、大きな穴が開いているのが全員確認出来たからだ。視界が良くならないうちに行っていたら、知らないで落っこちていたかもしれない。
「こりゃー、えらい派手にやったなぁ〜。何や、今のは。季球に伝わる秘奥義かなんかかいな?」
 エルゥが長い首を伸ばして穴を覗き込む。店の中の煙は収まっていても、爆心地である穴の中はまだ煙が立ち込めている状況だった。べオとリリィが、慎重に下に降りて行く。
「まぁ、そんなところです。……原理も、説明しますか?」
「いや、やめとくで。きっと聞いても分からんやろ。おい、何か見つかったんか?」
 後の台詞は、下に降りた二人に向けたものだ。自分が降りて行こうという気は、さらさら無いらしい。
 下の二人は、しばらく無言だった。エルゥが答えは?と言ったような顔でコハクを見上げるが、コハクもさぁ?と言う風に肩をすくめてみせるだけである。
「……なるほど。この中で何かが起こっているのは、これで確実だな」
「先に行った、ティルが気になるわ」
「だから、何があったんや。ちゃんと説明せい」
 じゃあ降りてきなさいよ、とリリィは呟いたようだったが、ふう、と一つため息をつき、ぱちん、と指を鳴らす。たったそれだけの動作で、辺りに立ち込めていた煙が、霧が晴れるように綺麗に消えて無くなった。
「これが、強力なキー・ロックを掛けていた理由よ」
 視界を遮っていた煙が無くなり、エルゥ達が目にしたものとは。
 狭いワイン倉(だったもの)の中に押し込められていたのだろう人達が、幾重にも重なり合って倒れている光景だった。


「……フィリ……エラ……?」
「……お、お前、一体どっから……」
「全く、来るのが遅かったのぅ、ティル」
 三人が三人とも、同時に発した言葉。ティルはいきなり目の前にフィリエラが現れたものだからショックで集中が解けてしまい、姿が丸見えになっている事に気がついていなかったし、金髪の人物――フェリルはフィリエラしかいなかったものだと思っていたところにいきなり褐色のイグナーダが姿を現したものだから、目が点になっていた。唯一、いつも通りなのはフィリエラで、彼女は早速ティルに向かって高飛車に言い放つ。
「お主の事じゃ。ナイフに気がつかなかったのじゃろう?」
「……なっ……。気がついたからここに来たんじゃないかっ」
「ふん。それにしては、来るのが遅かったではないか。すっかり退屈してしまったわい」
 そう言って、大きく欠伸をする。
 ……すっかり退屈した、だって?全く、リリィやリーフ、俺達の心配も知らないで、とティルは流石に腹が立った。フェリルがいるのもお構いなしで、思った事を吐き出してしまう。
「退屈した?俺達がどれだけ心配したと思ってるんだよ。何やってたんだか知らないけど、無事みたいだし、つまらなくなったんなら自分から帰ってきたら良かったんじゃないか」
「心配じゃと?」
 だが、その言葉に返ってきた台詞は、妙に一本調子な固い台詞。
「誰が心配するというのじゃ。お主か?リリィか?そんなもの、一瞬の感情でしかないではないか。最終的には、みんな離れて行くのじゃよ。最後には、誰もがわらわの死を願うじゃろう。安らかな死。そんなものは、誰もが望まないのじゃからな」
 わざとに感情を殺しているような、固い一本調子な口調のままだった。その口調と台詞が、余計にティルを苛立たせる。
「そんな……来てもいない時の話をしてるんじゃないっ!今この時の話をしてるんだっ!そんな面倒な事考えなくたって、フィリエラがいなくなったらみんなが心配するって、どうしてそう単純に考えられないんだよっ!!」
 語調を強めたティルとは反対に、フィリエラは冷めたままだ。彼女はつと顔を上げ、ティルと視線を合わせた。
「お主は、不思議に思った事は無いか?何故、”光”の力を持つわらわが、世界を死に追いやってしまうのかと。安らかな死など、誰も望んではいないじゃろう?」
 ――安らかな死が、救いに繋がるのかどうか。
 それはずっと、彼女の心を縛っている疑問だった。
「だけど……伝説では、世界の終わりが来る時に……」
「世界の終わり?そんなものが来たなら、お主はまず何を考える?世界が滅びるなど、すぐには信じられないじゃろう?例え世界が滅びても自分は死にたくないと、そうは考えないか?」
 ティルに皆まで言わせず、言葉を被せた美少女の美しい桃色の瞳に浮ぶのは、深い深い、絶望の色。何者も寄せ付けない、拒絶の色。
 この少女は、一体いつからこんな目をしていたのだろう。
 ――その色を、見てしまったから?
 彼女の問いに、答えられなかった。否、答えを出せなかったのだ。
「……俺は、フィリエラが伝説の”終末の聖母ラストマリア”だなんて、まだ頭っから信じてるわけじゃない。俺達は、フィリエラが伝説の人物だから、探しに来たわけじゃない。そんな事は、関係無いんだよ」
「……仲間、だから、か?」
 低い声でそう横やりを入れたのは、フェリルだ。相手の正体は分からないわ、唐突に一人増えるわ、勝手に口論を始めてしまうわで、どうしてやろうかと考えていたのだが、ティルの言葉がフェリルには痛かったのだ。だから思わず、口を出してしまった。
「仲間だから、家族だから。そんな甘い事を言ってる奴こそ、来る時が来たら真っ先に裏切る。人生、そんなに甘かねぇんだよ」
 言いながら、フェリルの目はティルのよく動く尻尾を追っていた。種族こそ違うけれど、変身すれば自分にも備わっているもの。望んだわけではないのに、持って生まれてしまったもの。
『貴方、面白いですねぇ……』
 そう言った、バティの顔が思い出される。初めて会った時の、優しげなバティの顔が。
 それを振り払うように、フェリルは言葉を重ねた。
「お前ら、結社の関係者じゃなさそうだが、今、面白い事を言ってたな。”光”の力って何だ?”終末の聖母ラストマリア”って、一体どういう事だよ?」
 喋りすぎた事に後悔し、はっと息を呑んだティルに対して、当のフィリエラはさらっと当たり前の事を言うような顔をして言う。
「どういう事も何も、お主が聞いた、そのままの意味じゃ。わらわは”終末の聖母ラストマリア”と呼ばれておる。”光”の力とは、その聖母が使役する事が出来る、と言われておる力のことじゃ。他に、何があるというのじゃ?」
「ま、まぁ、とにかく、結社とは無関係だから……」
「無関係!?あやつらがわらわの宝珠を持っておると言うのに、無関係じゃとっ!?」
「うわあぁぁぁあっ!?フィリエラ、しゃしゃ、喋りすぎ……っ!!!」
 慌てて少女の口を塞いだって、時既に遅し。出てしまった言葉は巻き戻せないわけで。
 案の定、フェリルは眉をひそめて尋ねてきた。
「……宝珠?じゃあ、お前らも結社を追っかけてるってわけか?」
「……追っかけてるような、そうじゃないような……」
「もちろん、そうじゃ。その結社とやらが、わらわの宝珠を持っておるとわらわは確信しておるからの。いや、確認してきたところじゃ、と言った方が正しいかのう」
 ……。今会ったばかりの相手にこうもばかばかと自分達の目的を話されては、もう止める気も無くなるというもので。ティルは口を挟むのをやめ(何だか自分ばかりわたわたして、馬鹿を見そうな予感があったので)、もうどうにでもなれという気分でフィリエラの話に耳を傾けた。大体、よく考えてみると、この少女が今まで何をしていたのか、全く聞いていないのだし。
「確認、だって?」
「”光”と”闇”の二つの宝珠は、自ら持ち主を選ぶ。選ばれし者にしか扱えぬ宝珠だと言うのに、あやつらはそれが全く分かっとらんのじゃ」
 あやつらが持っておっても、所詮は手に余る力じゃ、とフィリエラはため息をつきつつ呟いたのだった。

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