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カネダ著作権事務所

著作権判例エッセンス

侵害主体論②

【演奏権侵害の主体】

原告らは,本件地活協は,本件カラオケ事業の実施に当たり,カラオケの集いを管理・支配し,カラオケの集いの参加者から会館使用料を徴収するなどして営業上の利益を得て楽曲を利用しているにもかかわらず,JASRACに対し楽曲の使用料を支払っていないから,著作権者の演奏権を侵害しているとして,このような違法な活動に本件カラオケ補助金を使用することは許されない旨主張する。
そこで検討するに,本件地活協は,カラオケの集いの開催場所である本件各会館の使用料を負担し,老人会と共同してカラオケ情報料の一部を負担するなど,本件地活協がカラオケの集いの運営にある程度関与していたことは否定し難い。しかし,その関与のあり方は,専らカラオケの集いを経済的に支援するものにとどまるというべきであるし,本件地活協が,カラオケの集いの参加者から入場料その他の名目で料金を徴収していたことをうかがわせる事情は見当たらないから,本件地活協にカラオケの集いによる営業上の利益が帰属していたとは認められない。また,上記で説示したとおり【注:上記で次のように説示「本件各会館が徴収していたのは会館の使用料であり,本件各会館と本件地活協とは異なる団体であるから,仮に本件各会館が本件カラオケ機器の使用料を徴収していたとしても,そのことにより本件地活協にその利益が帰属するものではないし,本件地活協は,カラオケの集いにおいて,個々の参加者から本件各会館の使用料やカラオケ情報料等の料金を徴収しておらず,むしろ本件各会館の使用料を負担するとともに,老人会と共同してカラオケ情報料の一部を負担していたのであって,カラオケの集いにより利益を得ていないことは明らかである。したがって,本件カラオケ事業が営利を目的とする活動であるとは認められない(。)」】,本件カラオケ事業は営利を目的とした活動には当たらない上,カラオケの集いの参加者に対して報酬等が支払われたことはなく,無報酬であったことに争いはない。
そうすると,本件地活協がカラオケ楽曲の利用主体として著作権者の演奏権を侵害したとは認められないし,仮に本件地活協が楽曲を利用し著作権者の演奏権を侵害していたとしても,カラオケの集いは非営利の活動で,無料かつ無報酬であるから,著作権法38条1項所定の非営利演奏に当たり,その違法性が阻却されるといえる。したがって,本件カラオケ事業が著作権法に反する違法な活動であったとは認められない。
<平成30510日大阪地方裁判所[平成27(行ウ)112]>

本件店舗において,1審原告管理著作物を演奏(楽器を用いて行う演奏,歌唱)をしているのは,その多くの場合出演者であることから,このような場合誰が著作物の利用主体に当たるかを判断するに当たっては,利用される著作物の対象,方法,著作物の利用への関与の内容,程度等の諸要素を考慮し,仮に著作物を直接演奏する者でなくても,ライブハウスを経営するに際して,単に第三者の演奏を容易にするための環境等を整備しているにとどまらず,その管理,支配下において,演奏の実現における枢要な行為をしているか否かによって判断するのが相当である(最高裁昭和63年3月15日第三小法廷判決,最高裁平成23年1月20日第一小法廷判決等参照)。
本件店舗は,ライブの開催を伴わずにバーとして営業する場合もあるものの,ライブの開催を主な目的として開設されたライブハウスであり,本件店舗の出演者は,1審被告Y2も含め,1審原告管理著作物を演奏することが相当程度あり,本件店舗においては,1審原告管理著作物の演奏が日常的に行われている。
また,1審被告らは,共同して,ミュージシャンが自由に演奏する機会を提供するために本件店舗を設置,開店したこと,本件店舗にはステージや演奏用機材等が設置されており,出演者が希望すればドラムセットやアンプなどの設置された機材等を使用することができること,本件店舗が,出演者から会場使用料を徴収しておらず,ライブを開催することで集客を図り,ライブを聴くために来場した客から飲食代として最低1000円を徴収していることからすれば,本件店舗は,1審原告管理著作物の演奏につき,単に出演者の演奏を容易にするための環境等を整備しているにとどまるものではないというべきである。
そして,1審被告Y1は,本件店舗の経営者である。また,1審被告Y2は,自らを本件店舗の経営者と認識しているものではないものの,①本件店舗の開店・運営のための資金を提供し,本件店舗の賃貸借契約の連帯保証人となり,本件店舗に自らを契約者とする固定電話を設置し,自らのバンド名を本件店舗の名称として使用することを決定し,ミュージシャン仲間らとともに,本件店舗に無償で,ライブに不可欠な音響設備等を提供するなど,本件店舗の開店に積極的に関与したこと,②また,本件店舗の開店前には20組ほどのバンドやグループなどのミュージシャン仲間にライブバーが開店することを伝えて出演するよう声をかけ,本件店舗開店当初は単独でブッキング(電子メール等で出演申込みを受け付ける業務)を行っていたこともあり,さらに,自らのブログ等において本件店舗や本件店舗のライブの宣伝活動をし,本件店舗のアルバイト募集の記事,本件店舗におけるライブの様子を紹介する記事等を掲載するなどしているほか,本件店舗のチラシを1審被告Y2の所属するロックバンドの所属事務所が印刷しているのであって,本件店舗の経営に積極的に関与していること,③本件店舗が,出演者に自由に演奏させるという1審被告Y2の意思に沿った運営をしていること,④さらには,本件調停において,1審被告Y2は,平成24年6月11日以降の使用料については演奏した作品に分配される仕組みを採りたいと述べ,「社交場利用楽曲報告書」に記載をして演奏楽曲を報告すること及び「積算算定額による包括許諾契約」によって支払をする旨述べたり,「社交場利用楽曲報告書」への記載のあり方について1審原告と折衝したりするなど,自ら本件店舗のライブを主催する者として振る舞っていたことからすれば,1審被告Y2においても,1審被告Y1とともに,本件店舗の共同経営者としてその経営に深く関わっていることが認められる。
これらの事実を総合すると,1審被告らは,いずれも,本件店舗における1審原告管理著作物の演奏を管理・支配し,演奏の実現における枢要な行為を行い,それによって利益を得ていると認められるから,1審原告管理著作物の演奏主体(著作権侵害主体)に当たると認めるのが相当である。
<平成281019日知的財産高等裁判所[平成28()10041]>

【音楽教室での演奏】

著作物の利用主体の判断基準について
引用に係る原判決によれば,控訴人らの運営する音楽教室事業は,控訴人らが設営した教室において,控訴人らと雇用契約又は準委任契約を締結した教師が,控訴人らと本件受講契約を結んだ生徒に対し,演奏技術等を教授し,その過程において,必然的に教師又は生徒による課題曲の演奏が行われるというものである(本件使用態様2の場合には市販のCD等の再生が,本件使用態様3の場合にはマイナスワン音源の再生が併せて行われる。)。
このように,控訴人らの音楽教室のレッスンにおける教師又は生徒の演奏は,営利を目的とする音楽教室事業の遂行の過程において,その一環として行われるものであるが,音楽教室事業の上記内容や性質等に照らすと,音楽教室における演奏の主体については,単に個々の教室における演奏行為を物理的・自然的に観察するのみではなく,音楽教室事業の実態を踏まえ,その社会的,経済的側面からの観察も含めて総合的に判断されるべきであると考えられる。
このような観点からすると,音楽教室における演奏の主体の判断に当たっては,演奏の対象,方法,演奏への関与の内容,程度等の諸要素を考慮し,誰が当該音楽著作物の演奏をしているかを判断するのが相当である(最高裁平成23年1月20日第一小法廷判決〔ロクラク事件最高裁判決〕参照)。
●「公衆に直接(中略)聞かせることを目的として」について
() 「公衆に直接」について
前記のとおり,著作権法22条は,演奏権の行使となる場合を「不特定又は多数の者」に聞かせることを目的として演奏することに限定しており,「特定かつ少数の者」に聞かせることを目的として演奏する場合には演奏権の行使には当たらないとしているところ,このうち,「特定」とは,著作権者の保護と著作物利用者の便宜を調整して著作権の及ぶ範囲を合目的な領域に設定しようとする同条の趣旨からみると,演奏権の主体と演奏を聞かせようとする目的の相手方との間に個人的な結合関係があることをいうものと解される。
また,前記のとおり,著作権法22条は,演奏権の行使となる場合を,演奏行為が相手方に「直接」聞かせることを目的とすることに限定しており,演奏者は面前にいる相手方に聞かせることを目的として演奏することを求めている。
さらに,自分自身が演奏主体である場合,演奏する自分自身は,演奏主体たる自分自身との関係において不特定者にも多数者にもなり得るはずはないから,著作権法22条の「公衆」は,その文理からしても,演奏主体とは別の者を指すと解することができる。
() 「聞かせることを目的」について
著作権法22条は,「聞かせることを目的」として演奏することを要件としている。この文言の趣旨は,「公衆」に対して演奏を聞かせる状況ではなかったにもかかわらず,たまたま「公衆」に演奏を聞かれた状況が生じたからといって(例えば,自宅の風呂場で演奏したところ,たまたま自宅近くを通りかかった通行人にそれを聞かれた場合),これを演奏権の行使とはしないこと,逆に,「公衆」に対して演奏を聞かせる状況であったにもかかわらず,たまたま「公衆」に演奏を聞かれなかったという状況が生じたからといって(例えば,繁華街の大通りで演奏をしたところ,たまたま誰も通りかからなかった場合),これを演奏権の行使からは外さない趣旨で設けられたものと解するのが相当であるから,「聞かせることを目的」とは,演奏が行われる外形的・客観的な状況に照らし,演奏者に「公衆」に演奏を聞かせる目的意思があったと認められる場合をいい,かつ,それを超える要件を求めるものではないと解するのが相当である。
() 本件について
前記()及び()によると,演奏権の行使となるのは,演奏者が,面前にいる個人的な人的結合関係のない者に対して,又は,面前にいる個人的な結合関係のある多数の者に対して,②演奏が行われる外形的・客観的な状況に照らして演奏者に上記①の者に演奏を聞かせる目的意思があったと認められる状況で演奏をした場合と解される。
本件使用態様のとおり,控訴人らの音楽教室で行われた演奏は,教師並びに生徒及びその保護者以外の者の入室が許されない教室か,生徒の居宅であるから,演奏を聞かせる相手方の範囲として想定されるのは,ある特定の演奏行為が行われた時に在室していた教師及び生徒のみである。すなわち,本件においては,一つの教室における演奏行為があった時点の教師又は生徒をとらえて「公衆」であるか否かを論じなければならない。
以下,前記の基本的考え方を前提に,教師による演奏行為及び生徒による演奏行為がそれぞれ「公衆に直接(中略)聞かせることを目的として」行われたものに当たるかについて検討する。
●教師による演奏行為について
ア 教師による演奏行為の本質について
引用に係る原判決のとおり,控訴人らは,音楽を教授する契約及び楽器の演奏技術等を教授する契約である本件受講契約を締結した生徒に対して,音楽及び演奏技術等を教授することを目的として,雇用契約又は準委任契約を締結した教師をして,その教授を行うレッスンを実施している。
そうすると,音楽教室における教師の演奏行為の本質は,音楽教室事業者との関係においては雇用契約又は準委任契約に基づく義務の履行として,生徒との関係においては本件受講契約に基づき音楽教室事業者が負担する義務の履行として,生徒に聞かせるために行われるものと解するのが相当である。
イ 演奏態様について
(略)
ウ 演奏主体について
() 控訴人らのうち,教師を兼ねる個人事業者たる音楽教室事業者や,個人教室を運営する各控訴人(別紙C)らが教師として自ら行う演奏については,その主体が音楽教室事業者である当該控訴人らであることは,明らかである。
そこで,以下,音楽教室事業者ではない教師が音楽教室において行う演奏について検討する。
() 前記アのとおり,控訴人らは,生徒との間で締結した本件受講契約に基づく演奏技術等の教授の義務を負い,その義務の履行のために,教師との間で雇用契約又は準委任契約を締結し,教師は,この雇用契約又は準委任契約に基づく義務の履行として,控訴人らのために生徒に対してレッスンを行っているという関係にある。そして,教師の演奏(録音物の再生を含む。)は,前記イのとおり,そのレッスンの必須の構成要素であり,音楽教室事業者である控訴人らが音楽教室において教師の演奏が行われることを知らないはずはないといえるし,そのレッスンにおける教師の指導は,音楽教育の指導として当然の手法であって,本件受講契約の本旨に従ったものといえる。また,音楽教室事業者である控訴人らは,その事業運営上の必要性から,雇用契約を締結している教師については当然として,準委任契約を締結した教師についても,その資質,能力等の管理や,事業理念及び指導方針に沿った指導を生徒に行うよう指示,監督を行っているものと推認され,控訴人らに共通する事実のみに従った判断を求める本件事案の性質上,これに反する証拠は提出されていない。さらに,教師の演奏が行われる音楽教室は,控訴人らが設営し,その費用負担の下に演奏に必要な音響設備,録音物の再生装置等の設備が設置され,控訴人らがこれらを占有管理していると推認され,上記同様に,これに反する証拠は提出されていない。
以上によれば,控訴人らは,教師に対し,本件受講契約の本旨に従った演奏行為を,雇用契約又は準委任契約に基づく法的義務の履行として求め,必要な指示や監督をしながらその管理支配下において演奏させているといえるのであるから,教師がした演奏の主体は,規範的観点に立てば控訴人らであるというべきである。
(略)
エ 「公衆に直接(中略)聞かせることを目的として」について
() 前記のとおり,演奏権の行使に当たるか否かの判断は,演奏者と演奏を聞かせる目的の相手方との個人的な結合関係の有無又は相手方の数において決せられるところ,この演奏者とは,著作権者の保護と著作物利用者の便宜を調整して著作権の及ぶ範囲を合目的な領域に設定しようとする著作権法22条の趣旨からみると,演奏権の行使について責任を負うべき立場の者,すなわち演奏の主体にほかならない。
そうすると,前記ウ()のとおり,音楽教室における演奏の主体は,教師の演奏については控訴人ら音楽教室事業者であり,教師の演奏行為について教師が「公衆」に該当しないことは当事者間に争いがなく,生徒に聞かせるために演奏していることは明らかであるから,実際の演奏者である教師の演奏行為が「公衆」に直接聞かせることを目的として演奏されたものであるといえるかは,規範的観点から演奏の主体とされた音楽教室事業者からみて,その顧客である生徒が「特定かつ少数」の者に当たらないといえるか否かにより決せられるべきこととなる。
() そこで検討するに,引用に係る原判決によると,生徒が控訴人らに対して受講の申込みをして控訴人らとの間で受講契約を締結すれば,誰でもそのレッスンを受講することができ,このような音楽教室事業が反復継続して行われており,この受講契約締結に際しては,生徒の個人的特性には何ら着目されていないから,控訴人らと当該生徒が本件受講契約を締結する時点では,控訴人らと生徒との間に個人的な結合関係はなく,かつ,音楽教室事業者としての立場での控訴人らと生徒とは,音楽教室における授業に関する限り,その受講契約のみを介して関係性を持つにすぎない。そうすると,控訴人らと生徒の当該契約から個人的結合関係が生じることはなく,生徒は,控訴人ら音楽事業者との関係において,不特定の者との性質を保有し続けると理解するのが相当である。
したがって,音楽教室事業者である控訴人らからみて,その生徒は,その人数に関わりなく,いずれも「不特定」の者に当たり,「公衆」になるというべきである。音楽教室事業者が教師を兼ねている場合や個人教室の場合においても,事業として音楽教室を運営している以上は,受講契約締結の状況は上記と異ならないから,やはり,生徒は「不特定」の 者というべきである。
(略)
() 次に,「聞かせることを目的」とする点につき検討するに,控訴人らの音楽教室における演奏態様は,本件使用態様のとおり,①生徒が課題曲を初めて演奏する際等には,生徒が演奏する前に,教師が課題曲を演奏して課題を示し,②生徒が,それを聞いた上で,教師に対して課題曲を数小節ごとに区切って演奏すると,生徒の演奏を目の前で聞いた教師が,生徒に対する演奏上の課題及び注意を口頭で説明するとともに,必要に応じて当該部分の演奏の例を示し,④生徒は,教師の注意や演奏を聞いた上で,再度演奏するということを繰り返し行った後に,⑤最後に,生徒が練習してきた部分又は一曲を通して演奏する(生徒の演奏の際に教師が伴奏をすることがある。)というものであり,本件使用態様2の場合には,教師の伴奏の代わりに市販のCD等が,本件使用態様3の場合には,マイナスワン音源が用いられるというものである。
このように,控訴人らの音楽教室におけるレッスンは,教師又は再生音源による演奏を行って生徒に課題曲を聞かせることと,これを聞いた生徒が課題曲の演奏を行って教師に聞いてもらうことを繰り返す中で,演奏技術等の教授を行うものであるから,教師又は再生音源による演奏が公衆である生徒に対し聞かせる目的で行われていることは,明らかである。
これに対し,控訴人らは,前記のとおり,①「聞かせることを目的として」との目的要件を実質的に解釈すると,「聞かせることを目的」とする演奏とは,「聞き手に官能的な感動を与えることを目的とする演奏」あるいは「音楽の著作物としての価値を享受させることを目的とする演奏」をいうし,そうでないとしても,著作権法22条の解釈に当たっては,著作権の制限として「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」を定める同法30条の4の規定も参照しつつ(ただし,同条を抗弁として主張するものではない。),実質的に権利を及ぼすべき利用ということができるかという観点から,演奏権の行使に当たるか否かを考慮すべきである,②音楽教室における教師の演奏は,当該教師の本来の演奏とは異なるものであり,録音物の再生も,終始,音やリズムを調整しながら再生しているから,これらの演奏は,音楽の著作物としての価値を享受させることを目的とする演奏には当たらない旨主張する。
しかしながら,「聞かせることを目的」とするとの文言の趣旨は,前記において判断したとおり,演奏が行われる外形的・客観的な状況に照らし,演奏者に「公衆」に演奏を聞かせる目的意思があったと認められる場合をいい,かつ,それを超える要件を求めるものではないと解するのが相当であるし,また,「著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的」としない場合に著作権の制限を認める著作権法30条の4に留意したとしても,音楽教室における演奏の目的は,演奏技術等の習得にあり,演奏技術等の習得は,音楽著作物に込められた思想又は感情の表現を再現することなしにはあり得ず,教師の演奏も,当該音楽著作物における思想又は感情の表現を生徒に理解させるために行われるものというべきであるから,著作物に表現された思想又は感情を他人に享受させる目的があることは明らかである。したがって,上記①の主張を採用することはできない。
そして,音楽教室における教師の演奏が当該教師の本来の演奏とは異なるなどの事情があるとしても,上記のとおり,著作物に表現された思想又は感情を生徒に享受させる目的があることには変わりなく,このようなことが不可能なように繰り返しレッスンすることなどあり得るはずもないから,上記②の主張は,失当というほかない。
(略)
オ 小活
以上によれば,教師による演奏については,その行為の本質に照らし,本件受講契約に基づき教授義務を負う音楽行為事業者が行為主体となり,不特定の者として「公衆」に該当する生徒に対し,「聞かせることを目的」として行われるものというべきである。
●生徒による演奏行為について
ア 生徒による演奏行為の本質について
引用に係る原判決に照らせば,控訴人らは,音楽を教授する契約及び楽器の演奏技術等を教授する契約である本件受講契約を締結した生徒に対して,音楽及び演奏技術等を教授することを目的として,雇用契約又は準委任契約を締結した教師をして,その教授を行うレッスンを実施している。
そうすると,音楽教室における生徒の演奏行為の本質は,本件受講契約に基づく音楽及び演奏技術等の教授を受けるため,教師に聞かせようとして行われるものと解するのが相当である。なお,個別具体の受講契約においては,充実した設備環境や,音楽教室事業者が提供する楽器等の下で演奏することがその内容に含まれることもあり得るが,これらは音楽及び演奏技術等の教授を受けるために必須のものとはいえず,個別の取決めに基づく副次的な準備行為や環境整備にすぎないというべきであるから,音楽教室における生徒の演奏の本質は,あくまで教師に演奏を聞かせ,指導を受けることにあるというべきである。
また,音楽教室においては,生徒の演奏は,教師の指導を仰ぐために専ら教師に向けてされているのであり,他の生徒に向けてされているとはいえないから,当該演奏をする生徒は他の生徒に「聞かせる目的」で演奏しているのではないというべきであるし,自らに「聞かせる目的」のものともいえないことは明らかである(自らに聞かせるためであれば,ことさら音楽教室で演奏する必要はない。)。被控訴人は,生徒の演奏技術の向上のために生徒自身が自らの又は他の生徒の演奏を注意深く聞く必要があるとし,書証や証言を援用するが,自らの又は他の生徒の演奏を聴くことの必要性,有用性と,誰に「聞かせる目的」で演奏するかという点を混同するものといわざるを得ず,採用し得ない。
イ 演奏態様について
(略)
ウ 演奏主体について
() 前述したところによれば,生徒は,控訴人らとの間で締結した本件受講契約に基づく給付としての楽器の演奏技術等の教授を受けるためレッスンに参加しているのであるから,教授を受ける権利を有し,これに対して受講料を支払う義務はあるが,所定水準以上の演奏を行う義務や演奏技術等を向上させる義務を教師又は控訴人らのいずれに対しても負ってはおらず,その演奏は,専ら,自らの演奏技術等の向上を目的として自らのために行うものであるし,また,生徒の任意かつ自主的な姿勢に任されているものであって,音楽教室事業者である控訴人らが,任意の促しを超えて,その演奏を法律上も事実上も強制することはできない。
確かに,生徒の演奏する課題曲は生徒に事前に購入させた楽譜の中から選定され,当該楽譜に被告管理楽曲が含まれるからこそ生徒によって被告管理楽曲が演奏されることとなり,また,生徒の演奏は,本件使用態様4の場合を除けば,控訴人らが設営した教室で行われ,教室には,通常は,控訴人らの費用負担の下に設置されて,控訴人らが占有管理するピアノ,エレクトーン等の持ち運び可能ではない楽器のほかに,音響設備,録音物の再生装置等の設備がある。しかしながら,前記アにおいて判示したとおり,音楽教室における生徒の演奏の本質は,あくまで教師に演奏を聞かせ,指導を受けること自体にあるというべきであり,控訴人らによる楽曲の選定,楽器,設備等の提供,設置は,個別の取決めに基づく副次的な準備行為,環境整備にすぎず,教師が控訴人らの管理支配下にあることの考慮事情の一つにはなるとしても,控訴人らの顧客たる生徒が控訴人らの管理支配下にあることを示すものではなく,いわんや生徒の演奏それ自体に対する直接的な関与を示す事情とはいえない。
このことは,現に音楽教室における生徒の演奏が,本件使用態様4の場合のように,生徒の居宅でも実施可能であることからも裏付けられるものである。
以上によれば,生徒は,専ら自らの演奏技術等の向上のために任意かつ自主的に演奏を行っており,控訴人らは,その演奏の対象,方法について一定の準備行為や環境整備をしているとはいえても,教授を受けるための演奏行為の本質からみて,生徒がした演奏を控訴人らがした演奏とみることは困難といわざるを得ず,生徒がした演奏の主体は,生徒であるというべきである。
(略)(なお,被控訴人は,カラオケ店における客の歌唱の場合と同一視すべきである旨主張するが,その法的位置付けについてはさておくにしても,カラオケ店における客の歌唱においては,同店によるカラオケ室の設営やカラオケ設備の設置は,一般的な歌唱のための単なる準備行為や環境整備にとどまらず,カラオケ歌唱という行為の本質からみて,これなくしてはカラオケ店における歌唱自体が成り立ち得ないものであるから,本件とはその性質を大きく異にするものというべきである。)
エ 小括
以上のとおり,音楽教室における生徒の演奏の主体は当該生徒であるから,その余の点について判断するまでもなく,生徒の演奏によっては,控訴人らは,被控訴人に対し,演奏権侵害に基づく損害賠償債務又は不当利得返還債務のいずれも負わない(生徒の演奏は,本件受講契約に基づき特定の音楽教室事業者の教師に聞かせる目的で自ら受講料を支払って行われるものであるから,「公衆に直接(中略)聞かせることを目的」とするものとはいえず,生徒に演奏権侵害が成立する余地もないと解される。)。
なお,念のために付言すると,仮に,音楽教室における生徒の演奏の主体は音楽事業者であると仮定しても,この場合には,前記アのとおり,音楽教室における生徒の演奏の本質は,あくまで教師に演奏を聞かせ,指導を受けることにある以上,演奏行為の相手方は教師ということになり,演奏主体である音楽事業者が自らと同視されるべき教師に聞かせることを目的として演奏することになるから,「公衆に直接(中略)聞かせる目的」で演奏されたものとはいえないというべきである(生徒の演奏について教師が「公衆」に該当しないことは当事者間に争いがない。また,他の生徒や自らに聞かせる目的で演奏されたものといえないことについては前記アで説示したとおりであり,同じく事業者を演奏の主体としつつも,他の同室者や客自らに聞かせる目的で歌唱がされるカラオケ店(ボックス)における歌唱等とは,この点において大きく異なる。)。
<令和3318日知的財産高等裁判所[令和2()10022]>

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