小千谷市錦鯉の里 Ojiya City Nishikigoi Village 小千谷市
(錦鯉)錦鯉飼育の起源については、正確な記録はない。江戸時代、天明(1781-1789)のころからマゴイの飼育がはじまり、新潟県の二十村郷(現在の小千谷市と旧・山古志村(現長岡市))で、食用として飼われていたものから偶発的に、緋鯉・浅黄・鼈甲などが生じものと思われる。文化・文政(1804-1830)のころ、緋鯉に白鯉を交配して、白地に緋の斑紋のある紅白を作り出し、その後、研究と改良が重ねられ、突然変異を利用して、現在のような多種多様な観賞魚が生れた。 当初は「色鯉」「花鯉」「模様鯉」「変わり鯉」と呼ばれていたが、「錦鯉」と呼ばれるようになったのは、山古志郷の旧古志郡竹沢村で行われた1918年(大正7)の品評会で「大正三色」を見た当時の新潟県庁水産主任官の阿部圭という人物がその美しさに感銘し「まさしく錦鯉だ」と絶賛したことがきっかけといわれている。 多数の品種の呼び名があるが、固定されたものは約20品種にすぎない。 おもな品種としては、 「紅白」白地に紅の斑紋を染め出した明るい感じのもの。 「大正三色」白地素地に黒や紅の斑紋を持ち単に三色ともいう。 「昭和三色」単に昭和とも呼び、赤・白・黒の3色からなっているが、大正三色とは生成も外見も全く別系統。 その他おもな品種名には 「写りもの」「光り無地物」「光り模様もの」「浅黄・秋翠」「変わりもの」などがある。 現在では錦鯉といえば小千谷というほど(県内の約45%を生産)その名は全国的に知られ、国内はもちろん海外においても高い評価を得ている。 小千谷では毎年、春と秋に品評会が開かれる。米国やドイツ、中国、タイ、ベトナムなど海外の参加者も増えた。 美しさや優雅さに加え、アジアなどで縁起がいい魚とされ、中国をはじめ海外で人気が高まっており、「泳ぐ宝石」のニシキゴイの輸出が拡大している。1匹数百万円の高値で取引されることも。 ニシキゴイの2018年(平成30)の輸出額は前年に比べ18%増の43億3000万円とこの10年間で倍増した。米英やオランダ、ドイツに加え、近年は中国やタイ、台湾、インドネシア、ベトナムなどアジアの富裕層向けが輸出額を押し上げる。 (小千谷市錦鯉の里)ここ錦鯉の里は、大小の滝や、橋などを配置した池の中に錦鯉が泳いでいる公園と、錦鯉の歴史や品種・飼育方法など錦鯉に関する各種資料の展示ホール、そして特に逸品を集めた鑑賞池のある会館で構成される。観賞棟の水槽には優秀鯉が約160匹、庭園の池にはオーナー鯉など約80匹が放流されています。🤩1968年(昭和43)12月8日、 第1回錦鯉全国総合品評会が開催される。 錦鯉の品評会は、従来、生産者、流通関係者あるいは愛好者がそれぞれの立場で、各地において開催していたが、錦鯉の一層の振興を図るため、一日も早く、全国規模の錦鯉品評会開催が望まれていた。そこで、主産地の新潟県錦鯉協議会が中心となり、全日本錦鯉愛好会、新潟県の協力のもと、東京赤坂のホテル・ニューオータニにおいて第1回全日本総合錦鯉品評会が開催された。 🤩2017年(平成29)5月5日、 錦鯉が県の「鑑賞魚」に指定され、11日には主要生産地の小千谷市にある「錦鯉の里」で記念式典が開かれた。養鯉(ようり)業者ら約50人が出席して記念碑の除幕がおこなわれた。 ❏〔所在地〕小千谷市城内1-8-22
❏〔連絡先〕 ☎0258-83-2233 ❏〔アクセス〕 ❏〔開館時間〕 ・ 3月~11月:午前9時~午後6時 ・ 12月~2月:午前9時~午後5時 ❏〔休館日〕 12月29日~12月31日、1月1日~1月3日 ❏〔入館料〕 一般 520円 ❏〔特徴〕
小千谷市錦鯉の里 地図 ストリートビュー 錦鯉の宿
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