津川城跡(麒麟山公園) 阿賀町



"あまりの険しさに、峰渡りのキツネさえも後戻りすると云われる“狐戻城”の異名を持つ津川城は、自然を利用した山城でした。鎌倉時代の建長4年(1252)の築城と伝えられる。城主は会津芦名氏の一族で藤倉盛弘で、その子孫はのち金上と名のった。
津川城は越後口への備えとして代々会津藩の番城とされた。室町、戦国時代にかけて会津の豪族芦名氏と新宮氏が争う中で、津川城は山城として整備されていった。
天正17年(1589年)、城主金上盛備が伊達政宗との摺上原の戦いで討死。津川城は伊達氏に没収された。 その後、会津に入封する大名が変わるたびに、津川城主も変わることとなる。
しかし寛永4(1627)年、伊予松山城より加藤嘉明が会津に入封。加藤氏は江戸幕府の命により津川城を破却、廃城となった。
現在はその跡だけが残り、一帯は麒麟山公園として整備された。山頂部の本丸跡や二の丸跡・三の丸跡などが残っている。
また山中には、ユキツバキ・アカマツ・コナラ・ヒメコマツなど、千余種の植物群が見られる。
金上稲荷のある本丸跡からは、阿賀野川や津川の町並みが一望できます。 美しいせせらぎ、豊かな水量を誇る“川”に恵まれた土地を活かして、水辺を整備。川の流れを中心とした、自然に親しむスポットとして、人々の心をうるおす。"
麒麟山の登山路を行くと、野口雨情の歌碑が、本丸跡には「西郷四郎之碑」がある。


〔所在地〕新潟県東蒲原郡阿賀町津川中川原
〔アクセス〕
  • 電車…JR磐越西線「津川駅」からバスで10分または徒歩で35分
  • 車…磐越自動車道「津川IC」より車で5分
〔見どころ〕
  • 桜  4月下旬~5月上旬 ライトアップ
〔周辺の観光施設〕

月期間 期間 桜→

〔交通情報〕

≪現地案内看板≫
麒麟山狐戻城の由来

建長四年(一二五二)会津芦名の一族藤倉盛弘が麒麟山の天嶮を利用して築いたこの城は山が険阻のため狐も戻ると言うのでこの名がつけられた。
その子孫である金上氏が永い間城主として越後国の備えを堅くした。
一五世の盛備は特に文武の道に秀で芦名家使者として京に上った際豊臣秀吉と和歌の問答をして名を挙げ従五位下遠江守に任せられた。
天正十七年(一五八九)六月芦名義弘は米沢から侵入した伊達政宗と磐梯山麓に戦って敗れた。
急を聞くや盛備は手勢を従え摺上原に馳せつけ奮斗し壮烈な戦死をとげた。
寛永四年(一六二七)に三百七十七年の歴史を誇るこの城も幕命によって廃城となった。
以後津川に代官が置かれた。







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情報掲載日:2015年3月7日





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