激辛の思い出

令和04年02月11日(金)

 唐突にカレーうどんが食べたくなりました。

 カレーは不思議な食べ物です。食べたいとなると矢も楯もたまらず食べたくなります。味噌煮込みうどんを食べに入った店で、誰かが食べるカレーうどんの匂いがすると、一瞬で注文が変わってしまいます。匂いだけでなく、匂いの記憶や、ひょっとするとカレーという言葉や、文字によっても、条件反射のように食欲に火がついてしまう食べ物なのです。

 ネットで評判のいい店を探しました。

 クルマで行くか公共交通機関で行くか迷いました。

 喘息の病を持つ私は歩くのが負担です。その上季節は真冬、しかも感染予防のマスクのために、そうでなくても息苦しいのです。

「しかしクルマだとビールが飲めないからなあ…」

 という私の悪い癖を笑い飛ばして、、

「ばかね、蔓延防止措置よ。アルコールなんか出ないわよ」

 カミさんとの一言であっさりと結論が出て、二人はクルマで出発しました。

 目的の店は、個人商店が連なる旧い商店街の一角にありました。駐車場がないことは分かっていました。50mほどの距離にスーパーがあります。そこに停めたらと思うのですが、会話というのは面白いですね。

「スーパーの駐車場へ入れようよ」

 率直にそう言えばよかったのですが、

「スーパーの駐車場へ入れるのはまずいよね?」

 という言い方をしたために、まずいかまずくないかが会話の焦点になって、

「確かに、ばれたらまずいよね」

「だろ?ときどきガードマンがナンバーを控えてるからね」

「駐車場代くらいケチケチしないでコインパに入れようよ」

「よし、そうしよう」

 と、本音とは違う結論に達しました。

 目的の店に近づいた私たちは、ナビに表示された近辺のコインパーキングに片っ端から行ってみるですが、

「ダメだ、満車の表示だ」

「あそこも満車よ」

 住宅の密集する下町では、持ち主が手放した宅地が駐車場として活用されているのでしょう、規模の小さなコインパーキングが一方通行の多い住宅地に点在しています。

 同じ道を何周かした挙句、

「あ、いま白いクルマが曲がった先にひとつあるみたいよ」

 あとを追うように路地を曲がると、狭い生活道路の右側に初めて『空』の青い表示が見えました。

「ふう…やっとあったわね」

 ほっとするのもつかの間でした。一台分だけ空いていたスペースに、なんと、先行する白いクルマが駐車して、表示は非情にも赤い『満』の文字に変わりました。

「ちくしょう!ついてないなあ…」

 こうなると、カレーうどんより駐車場が目的になりました。これまでの苦労を無駄にしないためにも、意地でも空いたコインパーキングを見つけなくてはなりません。

「大通りへ出てみよう。大通りの駐車場の方が規模が大きい。少しぐらい歩いたって、こんなところをうろうろしているよりましだ」

「そうね、この辺りは無理っぽいわよね。ええっと、ナビだとあの信号の先にあるみたいよ…ん~ダメだ、一杯だ…あ、次の信号を右折するとすぐに向かい合って二つのコインパがある…やった!両方とも空きがある」

 焦っていました。一足違いで白いクルマに取られてしまった悔しさが、焦りを掻き立てていました。手近な左側のパーキングに入れ、ほっとして向かい側の看板を見ると、いま入れた駐車場の料金より三十分当たり百円安いではありませんか。

「入れ直そうか?いまならまだストッパーが上がっていない」

「百円のことで?私たちもう百円でうろたえる年齢じゃないわよ」

「そうか…そうだよね」

 と言っているうちにストッパーが上がり、百円の未練は吹っ切れました。

「さあ、カレーうどんだ!」

 大通りへ出て二人とも愕然としました。意地になって駐車場を探すうちに、私たちはうどん屋から信号三つ分も遠くへ来てしまっていたのです。

「一キロ近くあるわよ。喘息…だいじょうぶ?」

「いや、だいじょうぶじゃないかも…」

「そうよね、食べたらここまで戻って来なきゃならないものね」

 しばらく立ち止まって顔を見合わせていましたが、意見は暗黙の一致を見ました。ほんの五分ほどの駐車に三百円の駐車料金を支払ってクルマを出し、

「ねえ、スーパーに置かせてもらおうよ、ガードマンにナンバーをメモされても、監視カメラに映っていても、帰りに買い物をすればだいじょうぶじゃない?」

「だよね、初めからそうすればよかったなあ」

 結局、背に腹は代えられませんでした。

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