頼まれ仲人のつぶやき

 残業を早めに切り上げて、久しぶりに九時前に帰宅した小山昭代は、入れ替わりに玄関を出て来た鈴木和彦夫妻の暗い表情に驚いて、一体どうしたのだと、父親の政太郎に尋ねた。

「どうもこうも、一緒になる時と同じで。別れる時も事後報告だ。頼まれ仲人なんて結局こんなもんだよ」

「別れるって、鈴木さんたち離婚するの?社内結婚で、マンションに二人っきりで住んで、あんなに幸せそうだったのに?」

「和彦くんがどんなに望んでも、ひとみくんが子どもをつくろうとしないのが直接の原因らしい。出産だの育児だので、今のプロジェクトを外れるのが、ひとみくんとしては不本意なのだろうけど、お父さんはやはりひとみくんが間違っていると思う。確かに彼女は現在取り組んでいる企画に夢中だし、仕事ぶりは評価できるが、どんなに頑張ったところで、やがては子どもを産んで、何かとハンディを背負う女性を、我が社は初めから重要視はしていない。女は昔から結婚したら家庭に入るのが一番幸福なんだ。お前も覚えておくといい」

「まあ、あきれた!」

 昭代は腕を組んで正太郎をにらみつけた。

「二人の離婚の原因はお父さんだわ!」

「な、何でわしが?」

「女だって仕事が楽しいし、女が働かなかったら、四人に一人が六十五歳以上というこれからの超高齢社会の労働不足をどうやって支えて行くのよ。育児休業期間の所得保障や代替職員の確保、託児所の整備や介護休暇…。お父さんたち幹部の仕事は、女が結婚して子どもを産んでも、安心して働き続けられる職場を作ることじゃない?今のままだったら、私もきっと、ひとみさんと同じ道を選ぶと思うわ!」

「何です、二人ともこんな時間に玄関先で」

 母親の芳江が顔を出して、正太郎はかろうじて救われたが、娘の真剣なまなざしに、さすがに胸を打たれた頼まれ仲人は、明日、鈴木夫婦にもう一度考え直すよう話してみようと考えていた。