男の針仕事

 夕食を終えるが早いか二階にこもり、宿題のエプロン作りに悪戦苦闘していた孝彦が、

「ねえ母さん、ここんとこの糸の始末がわかんないんだよ。教えてくれる?」

 作りかけの作品を片手に居間へ下りて来た。どれどれと相談に乗る邦子をさえぎって、

「なんだ孝彦、お前、男のくせに裁縫なんかやってんのか?」

 父親の義彦が、ビールで赤くなった顔を二人に向けて、あきれたような調子でこう言った。

「そんなことやってるから軟弱な子が出来上がる。昔から、男は男らしく、女は女らしく、それぞれの役割りを守るところに秩序と美しさがあるんだ。たくましい男に育ってほしいと思う親の願いとは裏腹に、一人息子を学校で女みたいに教育されるのには反対だな」

「そんなこと、ぼくに言ってもらっても…」

 と口ごもる孝彦を、今度は邦子がさえぎって、

「これからは自分のことは自分でできるという、人間としての最低条件の上に男らしさや女らしさがあるんじゃないかしら」

 きりっとした口調で言い返すと、

「さて、明日は部下の結婚式だ。風呂に入ってもう寝るぞ」

 旗色の悪さを悟って義彦は、そそくさと席を立った。

 翌朝…。

 義彦は久しぶりに礼服に袖を通して驚いた。ボタンがとれかかって、だらしなく垂れ下がっている。邦子は婦人会の用事で朝早く出かけてしまい、残念ながら義彦には、二階でエプロンの仕上げに取り組んでいる孝彦を頼る以外に方法がなかった。

「お~い、孝彦!悪いけどボタンつけてほしいんだ。頼むよ、時間がないんだ」

 そして、手際よく針をあやつる孝彦の器用な手先を眺めながら、ひょっとするとこれは、自分のことは自分でできるのが人間としての最低条件だと言い放った邦子の仕業かも知れないと疑って、思わず苦笑した。