漫才(マナー)

Y 横山やすしで~す。

K 西川峰子で~す。

Y おい、誰が峰子や、きよしやろが。

K そない言うた方がおもろいやないかい。

Y あかん、なんぼ漫才でも、挨拶だけはきちんとせえや。それがマナーちゅうもんや。

K ほう…これは確かに君の言うとおりです。けど、君にマナーを教えられるとは思わなんだなあ。

Y 当たり前や、わし、若い頃からマナーのヤス言われてたねんで。

K 嘘をつけ。若い頃、君、自分のもんと他人のもんの区別がないんで有名やったやないか。

Y ちょっと待て、自分のもんと他人のもんの区別がないて、それどういう意味や。

K 雨降ったら、その辺の傘ふっと持って行きよるし、歩くの疲れたら何のためらいもなく近くの自転車乗って行く。ほんで、自分のもん盗られたら必ず犯人見つけ出してボコボコになぐっとったやないかい。

Y アホ。そんなこと皆さんの前で言わんでもええこっちゃ。他人のもん盗るにもマナーがある。傘も自転車も新品は盗らんようにしてた。なぐる時もやで、この、鼻や目はなぐらんようにしてた。

K それがマナーかい。マナー以前の問題です。

Y まあ、若い頃は色々ありました。ほんで今、マナーの大切さに気いついたというこっちゃね。

K それは大切なことやね。気いついたら、そこで改めたら人間、進歩です。

Y けど、最近の世の中、マナー悪いでえ~。

K 悪い。

Y この前もわし、電車に乗ったんや。

K 切符買うてか?

Y そん時はキセルはせえへんかった。アホ、何言わすねん。

K 電車に乗りました。

Y つり革につかまってこうして立ってたら、目の前の座席の若い女が化粧始めよった。

K ああ、最近いますね、電車の中の化粧。

Y バッグん中から鏡取り出して、まずは肉色のこな塗りや。

K 肉色のこな塗り!あれは、オシロイやろ。

Y オシロイ!その言い方も古いがな。何でもええ。スポンジにこなつけてやで、顔に丹念に塗りよんねん。それ済んだら今度は筆で眉毛を描っきょる、こないして。電車は微妙に揺れてんねんで。けど、ズレんとうまいこと描っきょる。あれ、家で練習してんのちゃうかなあ。マッサージ機の上かなんかで、こう、揺れながら…。

K 何でわざわざ練習すんねん。

Y きりっとした外人のスターみたいな眉ができあがると、今度はアイラインや。眉ん時とは別の、細い細い筆出してやで、こないして目の周囲に輪郭を描いて行くんやけど、そらもう真剣やで。あの女、一日であん時が一番真剣ちゃうかなあ。あれ後ろからコンッと後頭部叩いたったら、筆が目に刺さる思うで。

K すなや。また刑務所と損害賠償が待ってる。

Y 我慢したがな。

K 我慢!

Y 輪郭が描けたらいよいよ睫毛や。知ってるか?毛虫の赤ちゃんみたいなゲジゲジの筆があんねん。それ使うて墨塗るとやで、睫毛が伸びんねんで。

K 知ってるがな。だいたい見たら三分の一は伸びた部分や。

Y ほんで最後がくちびるや。

K その一部始終を全部電車ん中ですんのんか?

Y そや、全行程電車の中や。

K 君、それずっと見てたんか?

Y 目的の駅、乗り過ごしてしもたがな。

K 乗り過ごしてまで見たいんかい、アホやなあ。そういうのジロジロ見んのんはマナー違反やで。

Y 何言うてんねん。電車の中で化粧するのがマナー違反や。

K そない思うたら、注意したったらどないやのん。君、注意、好っきゃろ?何、眼つけとんじゃい!今肩が触ったやろ、黙って行き過ぎるやつがあるかい!誰にことわって商売してんねん!

Y ちょっと待てい!おれはヤクザか。

K 気いつけや、刑務所と損害賠償が待ってる。

Y アホ。穏やか~に注意したったがな。ほんで駅乗り過ごしてん。

K 偉いなあ、注意したんや。なかなかでけんで。

Y これこれ娘さん。

K 「これこれ娘さん」お前、水戸黄門か。いつの時代の人間や。

Y 穏やかに言うとるんやないかい。電車の中で化粧すんのはマナー違反やおまへんか?

K ふんふん。ほんだら?

Y 誰にも迷惑かけてませんやて。おまけにやで…。

K おまけに?

Y ジロジロ見るのはセクハラです。車掌さんを呼びますよやて。こんなことぬかしよるんやで!

K ほんで、どない言うた。君のことやからバチッと言うたったんやろ?

Y しゃあないから言うたがな。えらいすんまへん。堪忍しておくなはれ。

K 何やそれ!謝っとるやないかい。情けない。

Y 刑務所と損害賠償、嫌やからな。

K そらまあ、保護観察中は気いつけんとなあ。

Y 誰が保護観察中や。とっくに抜けたわ保護観察。けど腹立つやろ?人に迷惑かけんかったら何やってもええんかい!今時の若い女はマナーちゅうもんがわかってない。なんぼ化粧して、見た目美しくなったかて、やってる行為が美しくなかったら何にもならへん。それは醜いちゅうねん。そやろ?

K ええこと言う。今日は何日や。

Y 何や急に。

K いや、君がほんまにええこと言うた記念日や。日記につけとこ思うて。

Y ほなわしは何年かにいっぺんしかええこと言わへんのか。わしはオリンピックか。うるう年か。ハレー彗星か。浅間山の噴火か。頭来たから、その次の日や。

K 次の日にどないしたんや。

Y 人に迷惑かけなんだらマナー違反やないんやろ?同じことしたったがな、電車の中で。

K 君も化粧したんか?

Y アホ、おカマやないで、何で化粧すんねん。髭剃りや。

K 髭剃り!

Y それも電気カミソリやったら音で迷惑かける。普通のT字形のカミソリとシェイビング何とかちゅうの?泡や泡。これ持って電車に乗ってん。

K 何でまたそんなこと、君のやること時々芯からわからんようになる。

Y 目には目、歯には歯。わしこういう時はイスラム教徒や。

K イスラム教徒!

Y わからしたるがな、世の中の女どもに。人に迷惑をかけんでも、人前でやったら見苦しい行為があるっちゅうことを。

K そんなん持って電車に乗ったん。

Y 満員電車や。

K 席が空いてないやろ?

Y 待ったがな、チャンスを、つり革につかまって。

K 暇やなあ。

Y 忙しいけど、誰かが行動を起こさなあかん、三島由紀夫の心境や。

K シェイビングフォームとカミソリ持った三島由紀夫かい、日本刀の三島とえらい違いや。

Y やかましい。待つこと十三分。

K 細かいなあ。

Y 適当な席が空いてん。

K 適当て?

Y 四人がけの通路側の席が空いて、あと三人は若い女が座ってる。

K 君がそこへ座った。

Y 周囲には人が立ってる。

K 君だけがイスラム教徒や。

Y ほんで、カバンからまず白い泡の出るスプレー缶を取り出してやな。

K ふんふん。

Y 手に取って顔に塗ったがな。

K びっくりしたやろなあ、周りの人は…。

Y 向かいの女はあわてて席立ちよった。

K あとの二人は?

Y こち~んや。背筋伸ばして固まってしもた。

K 効果があったがな。

Y 次は手鏡とカミソリや。

K 手に泡がついてるやろ、それどないしたん。

Y タオル持ってるがな。ぬかりはありません。

K ほんで?

Y 左手でこう、鏡持ってやな、ジョリ…ジョリ…とカミソリを使うてん。どや?わしは人に迷惑かけてえへんで。女の化粧と同じや。お前ら不愉快やないんかい!不愉快やったら、お前らも電車の中で化粧はやめい!ちゃんと家で済ませて来い。それがマナーちゅうもんや!わかったか!

K 言うたんか?

Y いや、これ、心の中で言うたんや。

K ほんだら?

Y 世の中、不公平やでえ~!

K どないしたん?

Y 席立った女が通報したんやな、制服着たごっつい男が二人来てやで、両側からわしの腕つかんで次の駅で下ろすねん。

K 公安官や。

Y わし悪いことしてない、ヒゲ剃っただけや!

K いや、悪いことする顔です。

Y アホ、顔で判断すな、差別やないかい。わし捕まえるんやったら、化粧してる女も捕まえてください。この電車にもなんぼでもいてるはずです。

K 女の化粧はええんです。

Y 何ででっか?

K 何でて、そんなこともわからんと人間やってるんですか?数が多いからですよ。みんながするようになれば、それは常識です。常識の範囲内なら何をやってもマナー違反にはなりません。茶髪もそうでした。初めのうちは不良や言うて騒がれましたが、みんながするようになったら今では注意してた学校の先生が染めてます。

Y そんなアホな。ほな男もみんな車内でヒゲ剃ったらええんですか?

K ちょっと早すぎましたなあ。今から診察を受けてもらいます。

Y 診察て、ちょっと待てい、わしは正常や。ヒゲ剃っただけや。えらいすんません。堪忍しておくなはれ。ちょっと待てて、おい、どこへ連れて行くねん。わしは病気やない、ヒゲ剃っただけやあ~