漫才(抗菌)
※この台本は、やすきよの大ファンの渡辺哲雄が、二人の漫才を偲んで創作したものです。
Y 横山やすしで~す。
K 氷川きよしで~す。
Y あかん、ばれてる、ばれてる。こない年取った氷川きよしはおらん。君が氷川きよしなら、わしはキムタクで通用する。
K キムタクて、木村タクシーかい。
Y アホ、木村拓也やがな、略してキムタク。
K 君の場合、キムチタクアン、略してキムタクやろ。
Y もうええ。何がキムチタクアンや。キムチタクアンなんて食うたことないわ。君が氷川きよし言うからおかしいなったんやないか。ところで、物知りの君にきょうは聞きたいことがある。
K 駅前のパチンコ屋の現金輸送車の輸送ルートなら知らんで。
Y 誰がそんなもん聞いてるねん。ちゃうがな。
K 入り口は別々でも、中が一つの混浴温泉も知らんで。
Y ちゃうちゃう、それやったら全国のリスト持ってる。
K ほんまか?見せて!なあ、見せて!
Y なんぼ出す?アホか、そんなんあったらわしが欲しいわ。冗談に決まってるやろ。
K 何が知りたいねん。
Y 抗菌って何?
K 横領したんか?
Y 何や横領て?
K 公金横領。
Y アホか。抗菌や抗菌。この頃、文房具でも食器でも手すりでも便器でも、小さ~に印刷してあるがな、エビスビールあります…みたいに、抗菌…て。抵抗力の「抗」に、ばい菌の「菌」と書いて抗菌や。
K ああ、その抗菌な?ぼくはまた拘留禁固、略して拘禁かと思うた。
Y 拘留?禁固?警察用語やったら、わしが専門家やないかい。君に聞いたりせえへん。わしが説明したる。
K いらんわい!自慢してどないすんねん、アホやなあ。ほんで何が知りたいのや?
Y 君、何を聞いてんのや。今言うたとこやがな。ボケたんちゃうか?相棒ボケたら漫才でけへん。抗菌や抗菌!
K 抗菌言うたら、お前…抗菌やないか。
Y あ!わからへんねやな?「抗菌言うたら抗菌やないか」。皆さん、日ごろ物知り物知り言うてる彼も、こんな無知を隠してることが判明しました。
K お前、憎たらしい言い方するなあ。何や無知って。無知いう漢字、書けるんかい!お前がいつも使うてるムチやローソクちゃうぞ。
Y 書けるわい無知ぐらい!小学校出てるねんど。反撃が激しいなあ。君はイスラム教徒か?
K 抗菌は抗菌。ばい菌に対して抵抗力がある、君かてそう言うたやないか。それ以上、説明のしようがない。
Y ちゃうちゃう、知りたいのはそのわけや。
K わけって?
Y 何で抗菌はばい菌に対して抵抗力があるかて聞いてんねん。何でや?
K 何でて、そら…そういう性質があるからやないかい。
Y 「そら、そういう性質があるからやないかい」答えになってない!アホか。ほならやで、君、子供から聞かれてやで、「お父ちゃん、お父ちゃん、何で犬はワンワン、ネコはニャーニャー鳴くの?」「そら、そういう性質があんねやないかい」「何でお水は冷とうて、お湯は熱いの?」「そら、そういう性質があんねやないかい」。子供は納得せえへんぞ。大人はごまかさんと、ちゃんと答えたらなあん。
K ほな君ならどない説明すんねん。「何で犬はワンワン、ネコはニャーニャ鳴くの?」
Y 「どっちもワンワンやったら鳴いてるのが犬かネコか区別がつかんやろ」
K 「お水は冷とうて、お湯は熱いのは何で?」
Y 「どっちも冷たかったら、お水かお湯か区別がつかないからだよ」
K うまいこと言うなあ。もっともらしいに聞こえるわ。
Y 当たり前や。
K ほならこうか?抗菌がばい菌に対して抵抗力があんのんは、抗菌て書いてあっても、抵抗力がなかったら、書いた人間が詐欺罪に問われるからだよ。
Y 詐欺罪!えらいこっちゃ。なるほど、納得、納得。
K お前、どんな頭してんねん。
Y とにかく、最近は抗菌ズックが多いっちゅうこっちゃ。
K ズックは靴や、グッズやろう、アホやなあ。無理して若者言葉使うなよ。
Y ああ、グッズ、グッズ。黙ってたらわからへんがな、わずかなミスや。せやけど、なんでこない抗菌が増えたんやろなあ?
K 日本人は綺麗好き。清潔大好き。健康志向。そのおかげで世界一の長寿国。
Y ほんまに日本人は綺麗好きか?
K 綺麗好きか?て、綺麗好きやがな。自分を基準にものを考えたらあかんで。君みたいに一枚のパンツ一週間履く人間は珍しい。
Y アホか。ちゃんと三日にいっぺんはひっくり返しとるわい!
K やっぱり履いとるんやないかい。
Y おれのパンツの話しやない。日本人は綺麗好きかという話しや。
K 綺麗好きやがな。車なんかピカピカにしよる。特に新車買うたばかりん時は、こんな、米粒みたいなタールの汚れでも真剣になって落としよる。
Y けど、そういうのに限ってタバコの吸殻、平気で外へ捨てんねやで。車ん中を綺麗にするためやったら道路を汚してもかまへん言う考え方や。これほんまに綺麗好き言うのんか?
K そらまあ、そういうやつも確かに多い。けど、喫茶店でおしぼりが出るがな。こういう国も世界では珍しい。生活の節目節目で手を拭く。綺麗好きの証拠やないかい。
Y けど、出されたおしぼりで、顔拭いて、手え拭いて、首拭いて、最後に靴拭くの、君の長年の習慣やないか。これ綺麗好きか?
K そんなもん、最初に靴拭いたら顔拭かれへんがな。
Y それ洗うてまた人に出すねんで。ほんまに綺麗好きなら、おしぼりで靴は拭かんやろ。
K ああ、これは君の言うとおりや。おしほりで靴拭いてはいかん。そや、日本人は風呂が好きや。これ綺麗好き。最近は若い人でも温泉好っきゃでえ。
Y 風呂、風呂!露天風呂!混浴!わしも好っきゃ。
K 何張り切ってんねん。風呂が好き言うことは、つまり清潔好き、綺麗好きやないかい。
Y しかしやな、わし、風呂好きが、ほんまに綺麗好っきゃろうかと最近疑問を持ってるねん。
K そらまたどうして?
Y いえね、この前温泉に行ったんや。この頃ようけでけてるやろ、地方地方で、ほれ、何とか温泉、何とかの湯言うて。
K でけてるでけてる。温泉ブームや。薬入れて無理やり白う濁らせてでもお客さんに来てもらおうと頑張ってるけど、嘘ついたらいかんわな。
Y わし行ったとこはほんまの温泉や。湯はつるつる。
K ふんふん。
Y 張り切って行ったけど、混んでるがな。脱衣場からして満員や。
K 混んでるのは人気があるんやがな。
Y いや、わしもそない思うさかいな、ちょっとすんまへん、ちょっとそこのロッカー使わしておくなはれ、ちょっとすんませへん・・・そこ道を空けたれ言うのんが聞こえへんのか、ボケ、カス、アホンダラ、イテもうたろか!言うてやで・・・
K いつものこっちゃ、驚かんで。
Y 隅の方のロッカー確保してやで、着てるもん脱ごうとして、ふっと気いついたら、周りは年寄りばっかり。
K そら高齢社会や、お年よりは多い。
Y 人生も終盤になると、あない修復不可能な体になるねやなあ。妊娠してんのかいな思う腹した年寄りの横で、鶏ガラかいな思う年寄りがモモヒキ履こうとしてるんやけど、痩せ過ぎで安定性が悪いんやな、ほんの一瞬しか片足で立ってられへんさかい、いつまでたっても履けえへん。もうずうっとこないして同じ動作を繰り返してる。これがまた根気がええっちゅうか、何ちゅうか、残された人生の大半をモモヒキ履くのに費やす覚悟してんねんな。
K 手伝うたれや、君。
Y 手伝えるか、若い女やないねんで。自分の親ほったらかして温泉行って、何で知らん年寄りの介護せんならん。やらせといたらええ、やらせといたら、あれがリハビリ、機能訓練や。
K 冷たいなあ。けどまあ、言い方はキツイけど、自分でやろうとしてはんねやから、それは立派やね。尊重せなあかん。
Y ところがやで、今度は目が痛い。
K ゴミでも入ったんか?
Y サロンパスやがな。サロンパス貼った年寄りが、はがしよんねやな。臭い、臭い。目に染みる。見ると、耳なし法一か思うくらい体中サロンパスや。水掛不動と間違えて水かけるとこやったで。
K お年よりは体のあっちゃこっちゃが痛いねん。可哀想や思わな、君。
Y こっちが可哀想やわ。あっちは加害者やで、この場合、ほんまの話。
K まあええわい。ほんで、裸になったんやな。
Y 風呂に行ったがな。綺麗に体洗うて、露天風呂や。青空にポッカリと白い雲・・・。トンビがクルリと輪を描いた。
K これが気持ちええねやな、露天風呂。首から上は涼しいて、体はポカポカつるつるや。
Y タオル頭に乗せて、こないして足伸ばして、岩にもたれてやで・・・。
K うわあ!うらやましいなあ、露天風呂。
Y それがでけへんのや。
K 何で?せっかく温泉行ったんや。家庭風呂とちゃう。手足伸ばして、のびのびせな。
Y 露天風呂も混んでるんや。足伸ばすと、年寄りの足に当たる。手伸ばすと、年寄りの肩に当たる。
K そない混んでるんや。
Y 小そうになってやで、膝抱えて惨めな気持ちになってるところへ、次から次へ新しい年寄りが来よる。
K うわあ、露呈風呂と言うよりガンジス川やな。
Y そこで、わし、恐ろしい真実に気がついてしもたんや。
K 恐ろしい真実?
Y 前隠して歩いて来る年寄りな、タオルが乾いてる言うことは、脱衣場から直行した言うこっちゃろ?
K タオルが濡れてなかったら、まだ体洗うてないわなあ。
Y これが、露天風呂の側にしゃがんで、桶で湯を汲んでやで、入る前に下半身を洗うんやけど、あれは洗う言うのとは違うな。
K 違うて?
Y 確かに湯はかけよるで、こないして、チョビッチョビッと。けど、あれは一種の儀式やな。洗うてない。子供の頃、水泳する時、一度に水に入ると心臓麻痺起こす言われて、最初にチョビッチョビッと胸んとこ濡らしたやろ?あれと同じや、気休めや、気休め。ましてや一番洗うてほしい後ろの方は放任状態。
K 放任て・・・。
Y 家のトイレがウォシュレットならええで。満足にももひきも脱げん年寄りが、用を足したあと綺麗に拭けるか?
K そらまあ、ええ加減なもんかも知れへん。
Y その状態でやで、おまじないみたいにチョッチョッと前を濡らしただけで湯に入ってやで、時間が経つ、温まる、ほんだらお尻の周りにこびりついてた目に見えんきちゃな~いもんががふやけて、こう、もわ~と湯に溶けるがな。
K うわあ!
Y その横でザブンッて顔洗うて、「ええお湯でんなあ!」て、君、これでも日本人は綺麗好きか?
K そういうところは君、見ん方がええ。
Y 何言うてんねや、見ても見んでも真実は変わらへん。
K 世の中から汚いもんは絶対になくならへん。ほんまの綺麗好きは汚いもんを見んちゅう態度や。
Y 何でや。
K 「見ぬもの清し」言うやないかい。
Y アホか!やめさせてもらうわ。
終