漫才(エイジ・スリップ)

K はい、西川きよしで~す。

Y どうもどうも、横山たいかんで~す。

K ちょっと待て、久しぶりやからや言うて横山大観はないやろ。

Y いや、わし、あの世では「たいかん」呼ばれてんねんで。

K 横山大観言うたら、お前、日本画の大家やろ。君、絵は下手くそやないかい。長男の一八君が一歳の誕生日に、君が記念に描いた一八君の似顔絵見て、一八君、えらい吐いて、救急車で運ばれたの覚えてるで。

Y あほ、あれはその前に飲ませたミルクが腐ってたんやないかい。絵のせいやない。

K 知らんがな。けど絵を見て吐いたんは間違いないやろ。

Y たまたま吐く直前に絵を見ただけや、あほやな。吐いたんと絵は関係あらへん。

K 君、あの世で絵を描いとるんかいな。

Y わし絵なんか描いてないで。

K ほな、なんで横山大観呼ばれてんねん?え?なんでやねん?

Y ちょっと待て、今説明するがな、せっかちやなあ。君は目がでかいだけあって、せっかちやからあかん。

K 目とせっかちは関係あらへん。ほな君は目がちっちゃい分、のんびりしてんのか?のんびりしてる君が、ボートレースやんのんか?

Y 第5レース、最終コーナー!ウォ~ン…ちがうがな、いや、今年もまた色んな有名人がこっちゃ側へ来よってな、土井たか子やろ、山口淑子やろ、渡辺淳一やろ、言うとくけどこれ順不同やで、米倉斉加年やろ、島倉千代子やろ、林隆三やろ、必死で覚えたんやで、蟹江敬三やろ、宇津井健やろ、安西マリアやろ、やしきたかじんやろ、それに高倉健、菅原文太と来たらあの世もにぎやかなもんや。

K よ~け、亡くなったねんなあ。

Y 誰が来ようと、わしは大先輩やないかい、あの世では。

K そら先に死んだら先輩やわなあ。

Y あの世の先輩として、全員を集めてやな、わしがあの世生活のオリエンテーションや。みな一列に並ばせてやな、こら、高倉、静かに聞かんかい、ボケ、カス!てなもんや。

K 威張ってんねやな、君。

Y 当たり前や、あの世も刑務所も先輩は絶対やからな。

K そうか、君、刑務所は詳しいもんな。

Y 高倉健も結構詳しかった。網走番外地いう映画のヒーローやさかいな。けど所詮映画の中の話しや、台本どおりや、監督任せや、実体験にはかなわへん。

K ほんで、横山大観はどないなったん?

Y まあ、聞けて。わし一応、上方のお笑い界では大奥と言われた男やないかい。

K それも言うなら大御所やろ、あほやなあ、大奥やて、君は女か。

Y 何でもええわい、ちょっとした間違いを見つけて鬼のツノ取ったみたいに偉そに言いやがって、やらしい性格やなあ、君!

K それも言うなら鬼の首や、鬼のツノ取ってどないすんねん。

Y 首取ったら死んでしまうさかい、ツノで勘弁したっとるんやないかい。あ~君がごちゃごちゃ言うから先へ進まへん。黙っといてんか、お口チャックチャック。

K ほんで?

Y ほんでお笑い界の大奥、いや、大御所らしゅうやなあ、わしが駄洒落を連発したわけや、オリエンテーションで。

K どない言うたん?

Y 米倉くん、君があの世に来るなんてまさかね~、とかやな、わかる?米倉斉加年(まさかね)の洒落や洒落。蟹江くん、わしさっき点呼のとき、君の名前飛ばしてしもてカンニンエ~、とかやな、どや、ようでけてるやろ?ほんでから、土井さん、ちょっとそこドイてんか~とか…まあ、色々言うたわけや。けど、あかんな、今どきの有名人には先輩に対する敬意っちゅうもんがない。わしが洒落を言う度にやで、寒!…寒!って大げさに肩すぼめよる。おい、そない緊張せんと、笑うとこはきっちり笑たれや、わしの洒落、あかんか?って聞いたら、さすが政治家やなあ、土井たかこがはっきり言いよった。だめなものはだめ!あなたの駄洒落のセンスは季節で言ったら一年で一番寒い大寒です。ほんで、たいかんや。

K なんや、駄洒落が寒いさかい「横山たいかん」か。

Y 馬鹿にしとる!先輩の権威がた落ちや。ああいう常に人を批判する態度やから社会党はあかんかったんちゃう?それ以来、わし、たいかんさん、たいかんさんて呼ばれてる。

K あほくさ、こっちゃ側の国民が超高齢化社会で頭悩ませてる言うのに、駄洒落が寒いから大寒やて、あの世はのんきなもんやなあ。

Y 何言うてんねん、高齢化なら負けへんで。あの世はとんでもない高齢社会や。高倉健は83歳、宇津井健は82歳、土井たか子は85歳、高齢化なんてもんやないで、超・超・高齢社会や。平均年齢が80歳超えてるんちゃうか。

K ま、そらそうやわな、みな年行って死なはるさかいな。

Y わしや、たかじんなんか若い方やで。そや、君、あの世の暮らしぶり聞いたら驚くんちゃうか。

K 例えば?

Y 考えたら分かるがな、今まで死んだもんが皆おんねんで、あの世には。信長も光秀も秀吉も家康も木村のかずちゃんも、リンカーンもケネディも、古いとこではアルキメデスかておるがな。

K 何やその木村のかずちゃんて。

Y 知らんか、君、去年癌で死んだわしの小学校時代の同級生や。

K 知らんがな。

Y ええやっちゃったで。ええやつは早う死ぬなあ…どうでもええやつは国会議員までしていつまでも長生きしよる。

K あてつけか、それは。

Y しかも、いっぺん死んだやつは二度と死なへんがな、そやろ?ちゅうことはやで、あの世の人口は増えるばっかりで、減ることはないわけや。

K なるほど、日本は人口減少言うてるけど、あの世は過密状態かあ。

Y そやから、だいたいは国と時代で住み分けてんねん。日本では一番新しいんが昭和の連中や。

K なるほど、同じ時代の仲間で住み分けてたら、向こうへ行ってもカルチャーショックは受けへんわな。

Y 時代構わず一緒におったらややこしいでえ~。けものの皮を腰に巻いたやつがおったり、よろいかぶと着てるやつがおったり、ちょんまげ乗せてるやつがおったり、茶髪がおったり、着物がおったり、ジーパンがおったりなあ。

K 言葉かて分からへんがな、「おっさん、この辺にやっさんの家おまへんか?」って尋ねたら、「やっさんと申すのは横山うじでござるな?横山うじならば、またしても駕籠屋に怪我をさせて、伝馬町の牢につながれておるがの」なんて答えられてもなあ。

Y わしはあの世でも捕まっとんのかいな、ええ加減にせえよ。

K 分かった、分かった、冗談やがな。

Y 冗談きついで、ほんまの話が…。ところがやな、たまにエイジスリップしよるさかい困るんや。

K また君、そんなこと言うて…。あの世に行ってもすけべえは治らんなあ。

Y 何がすけべえや。

K スリップ言うたら女性の下着やろ?

Y あほか、タイムスリップのスリップや、時代を飛び越えるさかいエイジスリップや、下着と違う。君、思考に偏りがあるんちゃうか?何聞いてもおかしなこと考えよる。いつやったかいな、魚屋で近所の主婦がキスちょうだい言うたら、そばで君、耳まっ赤にしてたやないけ?あれ勘違いしたんやろ?思考の傾きや。

K そんな傾きはありません。

Y デパートの紳士服売り場で、確か二十五、六の娘さんが、父の日のプレゼントにブレザー買うてた時や、お父さんのサイズは?と店員に聞かれた娘さんが、父は大きいんですと答えた時も、君、耳まっ赤にしてたやろ?あれは何を考えたんや?思考の傾きやないかい。

K そんなことありません。何やねん、君、あることないこと言うて人を変態扱いしやがって…。

Y まあええ、君のそのうろたえぶりが真実を語ってる。

K あほなことを…ほんで、どないなってん、その、何とかスリップは?

Y ねずみ小僧と石川五右衛門が徒党を組んでスリップして来よったんやで、昭和の時代に。

K ねずみ小僧と石川五右衛門!

Y 追いかけて来たがな、鬼の平蔵が。

K ちょっと待て、ねずみ小僧と石川五右衛門と長谷川鬼平は同じ時代なん?

Y ほんなもんエイジ・スリップや。誰が来てもおかしいないやろ。

K けど、鬼平はあの世でもねずみ小僧と石川五右衛門を追いかけてたんやろ?同じ時代でないと理屈が通らへんのんと違う?

Y 君は目はでかいけど、言うことは細かいなあ…。理屈の通った漫才なんておもろいか?犬がニャンと鳴いて、太陽が西から昇るさかいおもろいんやないかい。鬼平が卑弥呼と喫茶店でチョコレートパフェ食べてもかまへんがな。

K チョコレートパフェ!

Y 盗賊一味がタタタタッと逃げてくる。鬼平が後を追う。ところかやな、昭和の警察かて黙っておらんがな。西部警察の裕次郎がパトカー総動員して取り巻く、投光機が一味を照らす。大門刑事か拳銃を構える。

K ちょっと待てい、裕次郎はええわい、あの世の人や、けど大門警部って、渡 哲也やで。まだ生きてはるがな。鬼平かて、中村吉衛門やったら生きてはるで。それにな、西部警察はドラマや。ほんまもんと違うがな。

Y 漫才やないかい、あほやなあ、目えつぶれ。そんなん言うたら君とわしとがこうして漫才やってること自体が成立せえへんで。

K 成立!君あの世に行ってから賢うなったなあ。成立なんて言葉、君から聞くなんて思わへんがな。成立言う字は書けるんか?

Y ひらがなや、ひらがな。あの世はみんなひらがな使うてんねんで、せ・い・り・つ。しかし時代の違うもんが出会うとあかんなあ。

K なんで?

Y 盗賊一味がじりっ、じりっと後ずさりする。鬼平が刀を抜く。たまらず、ねずみ小僧がふところからアイクチを取り出して鬼平に突進した。望むところや。鬼平は例によって有無を言わせず顔面からまっぶたつにしたがな。

K ふむふむ、かっこええとこや!

Y その時や。大門刑事の拳銃が火を噴いた。鬼平の刀が折れて地面に落ちる。ばらばらっと大勢の警察官が駆け寄る。「殺人及び銃刀法違反で逮捕する」言うて、大門が鬼平の両手に手錠をかけた。

K なんやそれ。何で鬼平が逮捕されるねん。

Y 鬼平の時代と大門の時代では法律が違うがな。往来で刀振り回したら銃刀法違反や。鬼平言うたら警察のトップやろ?盗賊を捕まえるんが仕事やがな。証拠を固めて起訴するのは検察官。裁くんは裁判官。警視庁庁官と言えども人を切り殺したら殺人の現行犯になる。

K なるほどな、詳しいなあ、君は。捕まったり裁かれたりするのんは。

Y まあええ、そのことは言うな。

K ほんで、逮捕された鬼平はどないなったん?

Y そひから先が分からへんのや、ちょうど、わし、そこで目が覚めたさかいな。

K 今までの話し、全部、夢かいな。

Y 寝てしもてたんやなあ…。

K あほくさ。やめさせてもらうわ。