漫才(天敵は警察官)

Y はい、横山やすしで~す。

K 前川きよしで~す。

Y こら待てい、前川きよして何やそれ、ほなら長崎は雨が降るんかい、港に靴を落とすんかい、東京は砂漠になるんかい、わしは君の後ろでわわわわ~言うんかい。

K 前川と西川は一字違いや、えやないか冗談言うたかて。君かて前回はアホみたいな顔して横山大観で~す言うたやないかい。

Y 君に顔のことは言われとない。言うたるけどな、君、顔の上半身は目ん玉やねんで。人間の顔やない。アホ以前の問題や。

K 顔の上半身!!ほな、口は顔の下半身にあるんか?

Y 何でも上と下に分けたら目は上半身で口は下半身やないかい。女の人は食べる時や笑う時は口を隠すやろ?恥ずかしいからや。下半身やないかい。最近は顔の下半身におむつもしとる。

K 何や、おむつて?

Y マスクやマスク。あれは君、口のおむつみたいなもんや。

K あれは予防と感染防止や。それにな、君はぼくの目は大きい言うけどやで、君の目ははっきり言うてシワの一種やで、ヒビあかぎれのたぐいや。メガネ外したらどこに目があるのんか分からへん。あ、ほんでメガネかけてんのやな?目の位置をはっきりさせるために。

Y あほか、 目が悪いからメガネかけてるんやがな。これ外したら新聞が読めへん。近目を馬鹿にしたら承知せえへんど。

K あ、ほな聞くけど、そない目が悪うて、君、道に落ちてる百円玉よう見つけるな。皆さん、この男はね、千日前一緒に歩いてる時、突然大きく足を一歩踏み出して動作が止まるんですよ。何や思うたら、キョロキョロッと辺りを見回して、靴の下から百円玉拾うんです。ほんまはすごい視力の持ち主ですよ。鳥のような目や。新聞が読めへんのやのうて、漢字が読めへんのや思います。

Y あほ、漢字ぐらい読めいでか、わし、これでも義務教育出てんねんぞ。

K あ、そうか、君の場合は刑務所でも習ったんやったな?漢字。

Y 習った、習った、教科指導ちゅうやっちゃ。算数も社会も習った。懐かしいなあ。わし、刑務所では結構真面目に勉強した方やで。はっきり言うて塀の中はひまやさかいな、他にすることあれへん。勉強嫌いのお子さんを持ったお父さん、お母さん。勉強させたければ学校より少年院でっせ。あっこにはゲームもあらへん、誘いに来るダチもいてえへん、自由もあらへん。

K ほな君、感謝せなあかんで、警察、検察、裁判所、刑務所…。みな君に勉強させてくれた恩人や。

Y それがな、警察だけはあかんなあ。わし今日は実はそのことで君に聞いてもらいたいことがあるんや。

K そのことでて、警察のことか?

Y 警察、警察、わしの天敵や。小さい頃から警察だけは好きになれんなあ、制服見ただけでどきっとする。パトカーから警官が下りてくるやろ。ちらっとこっちを見るやろ。つい身構えるがな、逮捕されるかも知れへん思うて。けど、よう見るとガードマンやないかい!どついたろか思うで、ほんまの話しが。紛らわしい制服着るなっちゅうねん。紛らわしい色にクルマを塗るなちゅうねん。

K そら君に後ろめたいことがあるからやないかい。あかんで万引きしたら、今はどこにでも監視カメラが設置されとる。

Y 何にも知らんなあ、君、カメラにも必ず死角はあんねんで。

K ほなやっとるんやないか。万引きは立派な犯罪や。ちゃんとおカネ出して買えよ、ラムネ菓子やたまごボーロくらい。言えば貸したるがな、おカネ。

Y わしはラムネ菓子やたまごボーロのために警察を恐れとるんかい!!ちゃうがな、交通違反や、交通違反。

K また捕まったんか?君。

Y バタバタッと、ここんとこ3回続けて捕まってしもた。ついてないわあ。天中殺や。

K いったい何をしたんや?

Y トカゲを指差してん。

K はぁ?

Y 虹の色したきれいなトカゲがいてるやろ?あれを指差すと縁起が悪いて、死んだお爺ちゃんが言うてはった。この前、公園の花壇であれ指差したんがあかんかったんや思う。

K あほ、誰がトカゲの話ししてんねん。何の違反をしたんやて聞いてんのんや。

Y あれ?君、わしが違反したの、よお知ってるなあ。もう噂になってんのんか?

K お前がさっき自分で言うたんやないかい、3回警察に捕まったて。

Y そやそや、その話や。一旦停止違反やがな。頭に来るでえ。

K あ、一旦停止!あれは確かにむかつくなあ、ぼくも経験ある。

Y むかつくやろ?第一どない思う?あの停止線の位置。あない後ろの位置で停止したかて安全は確認でけへんちゅうねん。もうちょっと前へ出て左右を見んと分からへん、そやろ?ほんで、スピード落として、停止線の上をゆっくり過ぎて、停止したところへ警察官や。それもごっつい体格のんが2人で来よった。

K あれ、必ず2人やな。

Y 停止した、せんかったでは水掛け論やからな、2人の警察官が目視したっちゅうこっちゃ。

K けどまあ、違反は違反やからな、諦めなしゃあないんちゃうか?

Y 罰金が7000円やで、7000円!ビジネスホテルに一泊できる金額や。居酒屋なら飲んで食って楽しめる金額やで。時給800円のおばちゃんが8時間働いて6400円や。おばちゃんが、まる一日国家のために働かされたんと同じや。事故起こした訳やない、他人に迷惑かけた訳やない、あいつらが勝手に引いた線の上をちょっと行き過ぎただだけのことやないかい。一日只働きさせられるほど悪いことしたんかい。注意だけで済まさんかい!2人の警察官の時給考えたら、一体なんぼ税金使うてんねんちゅう話しや。そんな暇あったら、暴走バイクを捕まえいっちゅうねん。

K なるほど、そない言うたら君が怒るのも分からんではない。

Y そやろ?大の男が二人やな、炎天下で停止線の近くに隠れて、違反するクルマを待ち構えとるんやで。これって労働か?みんな額に汗して働いとるんじゃ。

K ま、炎天下に制服着て隠れとるのも汗はかくけどな。2回目は何で捕まったん?

Y 追い越し違反、いわゆる黄線で追い越したっちゅうやっちゃ。やっぱり待ち構えてて今度は白バイが善良な市民を捕まえよった。ひどい話しやで。

K 君は違反したんやから善良な市民ちゃうやろ。

Y まあ聞いて。聞いてから善良かどうか判断せい。わしの前を4トントラックが走っとった。鉄骨を山と積んで車体が沈んでる。おまけに延々と続く上り坂や。車体が重うてスピードが出えへんがな。のろのろ運転や。杖ついた八十六歳の婆ちゃんが追い抜いて行きよる。

K ちょっと待てい、八十六歳の婆ちゃんて、何でそれが君に分かんねん。

Y それくらい遅いっちゅうたとえ話や、事実を分かり易うに加工したってんのやないかい。

K 加工はええから、事実だけ述べてえな、ほんで?

Y 悪い思うたんやろなあ、窓からトラックの運ちゃんの右手がぬうっと出て、抜かせ抜かせて手招きしよるねんで、こないして。

K 親切やがな、ええとこある。男らしいなあ。後ろの運転手の気持ちを察したんや。

Y せやろ?人の親切は無にしたらあかん。お互いに親切にしたり、されたりするのんが善良な市民や。ほんで、サンキューおっさんちゅうて、ええ気分で抜いたら、そこが黄ぃ線や。

K 黄ぃ線!ほんで白バイが来よったん?

Y 来よった、来よった。ど派手な青い制服着せてもろた、息子より若い巡査の指示で、路肩に停められて、今度は9千円や。その横をさっきのトラックが抜いて行きよった。あほか、お前のせいで9千円取られてんねんど!下りてかばってくれたらどないやねん。お巡りさん、わてが抜け言いましてん、捕まえるならわしを捕まえて、言うて。せめて半分の4千5百円払うてくれたらどないやねん。

K そら災難やったなあ。親切で抜け言うてくれたんが仇になった訳や。

Y 時給1000円のおっちゃんが一日働いても9000円にならへん。ごっつい金額や。

K 確かに、そら同情に値する話や。やっぱトカゲのたたりかも知れへんな。トカゲ指差したらあかん。ほんで、いよいよ3回目や。

Y 君、何期待しとんねん、嬉しそうに。人の不幸、楽しんでるんちゃう?

K 同情してるんやがな。人を疑うたらあかん。信じる者は救われる。

Y ほんまか?まあええ、3回目は交差点や。

K 信号無視か?

Y 違う違う携帯電話や。

K 携帯電話?

Y そや。信号で停まってるところで携帯電話が鳴ったんや。

K 運転中は携帯はあかんで。

Y 停車中やっちゅうねん。電話はカミさんからや。「いまクルマやさかい後でかけ直したる。待っとれ、ボケ、カス、あほんだら」言うたところで信号が青になったさかい、わし慌てて切ったがな電話。

K 偉いなあ。すぐに切ったんやな?

Y せやがな、ほれやのにやな、交差点抜けたところで、ボッさい50CCのバイクに乗ったおっさんがこないして手招きするやろ。

K それが警察やったんか?

Y グレーの半袖のシャツ着た普通のおっさんやで、知り合いかな思うがな。ほんで、機嫌ようクルマを寄せたら、あなた、さっき携帯電話使ってましたねって、警察や。

K 災難やなあ…。

Y たった今、母が倒れて救急車で運ばれましてん。ほんでさっき携帯でカミさんが病院の名前を知らせて来ましたんや。わし、すぐに病院へ向かわんなりまへん。勘弁しておくんなはれ。

K 君、そう言うたんか?

Y とっさに出てしもたんや。もう合計で17000円取られてんねんで。お役人様の慈悲にすがるしかあれへん。「ねえ、お巡りさん、あんたにもお母さんがいてまっしゃろ?救急入院したらどんなに心配か分かりまっしゃろ。一刻も早う病院に駆けつけてやりたい思うてますねん。こうしてる間に死に目に会えへんかもわからへん。見逃したって?なあ?見逃したってえな?」

K 君もやるなあ!役者やなあ。演技派や。吉本新喜劇や。そしたら?

Y 「事情は分かりました。大変ですね。ほな急いで切符切りますね」やて。

K 何や、結局、見逃してくれへんのかい!

Y 制服着た人間には血も涙もないで。オートバイの座席の上で青い切符に違反の事実を書き込むんやけどな、場所の特定をするのに荷台から地図出して、もたもたしてんねや、これが。

K そんなんしてたら、君のおかんが死んでしまうがな。

Y せやろ?そんな時、クルマん中でのんびり切符切られるのんを待ってるのも不自然やがな。ほんで、わし、窓を開けてやで、つながってもない携帯電話を耳に当てて、おっさんに聞こえる声で芝居を続けたがな。「ああ、わかってる。けどしゃあないがな、警察に捕まってしもたんや。あほ、スピードやない。お前がかけて来た携帯に出たからや。それより、おふくろは?手術!そうか、命は助かるんやな。分かってるて、お巡りさんかて事情を知って急いでくれてはる。わしが行くまで頼むで」

K 大変やったなあ、君、それ全部ウソやろ?

Y ウソやけどな、芝居って不思議やで、言ってるうちにだんだんほんまにおかんが死にかけてるような気ぃして来て、涙がでて来たがな。

K ああ、そういうもんかも知れへんなあ。ええとこあるがな、君。

Y 久しぶりにおかんの好きなたこ焼きでも買うてったろか思うてな、釈放されてからスーパーの店先のたこ焼き屋に行ったがな。

K 釈放て、君、違反切符切られただけやろ?長年の癖て恐ろしいなあ。

Y あほ、うるさいわい。解放されたら何でも釈放言うんや、世間では。

K 言わへん、言わへん。

Y ほんでな、「おっちゃん、たこ焼きの12個入りちょうだい!」言うたとたんに。わし、突然思い出してん。

K 何を。

Y わしのおかん、わしが中学の時死んどったんや。

K 君、そんな大事なこと忘れてたんか?

Y やめさしてもらうわ。