編集

 カメラマンの荒木と一緒に深夜のビル陰に身を隠しながら、実にくだらない企画だと智宏は思った。

 無差別大量殺戮の現場に区が設置した献花台から、不心得者が供物を持ち去る様子を取材するという今回の企画は、絶対に視聴者の共感が得られないと主張したが、

「共感が得られるようにレポートするのが君の腕だよ」

 結局、押し切られた。

「来た…」

 荒木のカメラが、献花台に向かう若者の姿を捉えた。

 野球帽にジーンズ姿の若者が献花台のペットポトルと菓子をリュックに入れるのを見届けて智宏が駆け寄った。

「もしもし」

 驚いて小走りに遠ざかる若者に智宏がぴたりと寄り添い、その後ろをカメラが追いかけた。

「今、献花台のお供え物をリュックに入れましたよね?」

「ちょっとお話しを聞かせて下さい。それってあなたに供えてある訳じゃないですよね。持ち去っていいんですか?」

「亡くなった犠牲者に対する慰霊の品ですよ。供えた人の気持をどう考えているのですか?」

 無言の若者の前に立ちはだかるようにして智宏が執拗にマイクを向けると、若者は観念したように口を開いた。

「どうせ捨てる物っすから…」

「そういう問題じゃないでしょう?」

「みんなやってるし、捨てるのはもったいないし…」

「みんながやれば、あなたもやっていいんですか?」

「おれ、喉カラカラだし、腹もペコペコなんすよ。派遣で、ここんとこずっと仕事なくて」

「空腹なら人の物盗ってもいいんですか?あなたも大人でしょ?」

「あの事件起こしたのも派遣だったじゃないっすか。派遣はお供えを盗らなきゃなんないような生活してるっつうことをレポートして下さいよ」

 若者は突然カメラに向かうと興奮して言った。

「政府の偉い人。おれたち、もう、いつ仕事がなくなるかとびくびくして暮らす派遣の生活は嫌です。ちゃんと将来に希望の持てる世の中にして下さい」

 お願いしますと頭を下げる若者の姿に、智宏は思いがけず意義のあるレポートになったと喜んだ…が、翌朝のオンエアを見て愕然とした。編集で若者の最後の主張はカットされ、したり顔のキャスターがこう結んだ。

「とにかく非常識な若者が増えているようです」