台風

 台風の余波で黒い海が巨大なイルカの背のようにうねっている。堤防で砕けた波が時折り白い火柱となって国道に打ち上げている。その国道を銀色の荷台のトラックがひた走って来て、『灯台』という名のドライブインの駐車場でライトを消した。

「カツ丼定食大盛り!」

「遅かったね、翔ちゃん、店開けといてよかった」

「道路がズタズタだよ、おやっさん。俺たちゃ、はなっから高速走ってちゃ儲けが出ないが、一般道はちょっとした雨ですぐに崩れちまう。見てくれは立派だが、ぼっちい国だぜこの国はよお。あれ?みっちゃんは?」

「帰したよ、警報が出たら従業員は帰すんだ」

「へ、あの態度のでかい娘が従業員かい」

「路子のやつ、ヒロシとできちまったらしいんだ」

 定食を運んだ店主はわが子を心配するような顔をした。丼の上で店主の好意が山盛りになっている。

「ヒロシって、族の頭の?」

「ああ、あんな奴の尻にくっついてちゃ、ろくでもないことになるぜ、そうだろ?」

 と言われると、翔太には一言もない。

「大事な娘さん乗せて、オートバイはやめておくれよ」

 と泣きすがる母親に、

「何もかも兄貴の古で育った俺が、初めて自分で買った新品のバイクだ!文句あっか」

 噛み付くように言い放つ翔太の後ろで、

「もう帰って来るな!」

 父親が仁王立ちになった日から既に二十年…。

 翔太は二年前の父親の葬儀にも帰らなかった。あの日、翔太の腰にしがみついて一緒に故郷を捨てた紀子は、二人の子の母になって、東京で夫の帰りを待っている。

「ヒロシにはバイクに乗るわけがあり、みっちゃんにはヒロシにくっついて行く理由があるんだろうよ」

 ニュースが始まって、店主がテレビの音量を上げた。

「台風は各地に爪跡を残しながら東北地方を縦断しており、避難所では住民が不安な一夜を過ごしています」

 翔太の目が画面に釘付けになった。

 黄色い毛布を羽織って背中を丸めているのは、まぎれもなく年を取った母親の咲恵だった。

「母ちゃん…」

 翔太は慌てて携帯電話を取り出した。

「紀子か?俺だ、うん、ちょっと寄るとこできて、帰りは明日の夜になっからな」