最後の演芸場

 『金城亭にしき・さかえ』こと安藤健太・里美夫婦は、出囃子をひと呼吸聞いたところで勢いよく最後のステージに飛び出した。

「待ってました、金城亭!」

 名古屋に来て四年になるが、満員の客席から声が掛かるのは初めてだった。

 息の合った夫婦漫才は、客席が沸くにつれて軽妙さを増し、大爆笑のうちに演目を終えた。興奮は楽屋に戻っても冷めやらず、

「いつものネタが、えらいウケてたなあ」

 二人は数人の客が散らばった、いつもの惨めな演芸場を思い浮かべた。

「みんな、そろそろ時間やで」

 漫談の堀川きよしが上気した顔で立ち上がり、芸人たちは豆の入った枡を手に舞台の袖に集まった。舞台では大須家カンノンが落語を演じている。やがて客席の扉が開いて、裁判所の執行官が現れた。

「これより家賃不払いによる建物明け渡しを執行しますので、出て行って下さい」

 それを合図に芸人たちは舞台になだれ込み、客席に向かって豆まきをした。

「長い間、有難うございました!」

「ごひいき、有難うこざいました!」

 半世紀を超える演芸場の灯が消える…。

 観客たちは口々に別れを惜しみながら演芸場を後にした。いつもこれくらい客が入ってくれたらいいのに…とつい思うが、客は芸を観に来たのではない。演芸場の最後の姿を見に来たのだった。

「師匠に詫びを入れて大阪に帰るか?」

 あくる朝、健太が決心したように言った。

「そやな…私ら、これしかないもんな」

 里美はしばらく黙ってうつむいていたが、

「お客さんの仰山居てるところでやらしてもらお」

 ふっきれたように健太の腕を取った。