緊急連絡網

 新年度に向けて開催された職員会議も意見が出尽くし、焦点は個人情報の取り扱いに絞られていた。そろそろ決めたらどうだという全体の空気を読んで、進行役の谷沢教頭が立ちあがった。

「個人情報保護法を気にするのも理解できますが連絡網は破れていては意味がありません。外部への情報の流出に対する注意書きを添えて全生徒の住所、氏名、電話番号を記載した名簿を配布しましょう」

「賛成です。夏のゲリラ豪雨への対応を反省しての連絡網ですから、生命、身体、財産の保護に必要な場合は同意を必要としないという例外規定に該当すると思います」

「同意は取らないのですね」

「取れば拒否する保護者が出ます。この国には昔から体制に反対することがインテリだと思う困った風潮がありますからね」

「そういう人に限って何かあると自分には連絡がなかったと苦情を言うものです」

「それでは事務に名簿の作成を依頼しますので、新学期初日に配布して下さい」

 こうしてクラス単位で作成された名簿は全校生徒の家庭に配布された。


 その年の暮れ、社長に無理を言って早めに退社した陽子は、学童保育所の真理奈を連れてクリスマスケーキを買った。小学校入学と同時に転居して住民票閲覧制限の手続きをしたら、正也が訪ねて来ることもなくなった。離婚してからも執拗に付きまとっては暴言を吐く父親におびえていた真理奈の夜尿も最近ようやく止んだ。

「サンタさん来るかなあ…」

 ケーキを切ろうとした時、玄関のチャイムが鳴った。お客さんだ!と無邪気にドアを開けた真理奈の動きが止まった。目の前に黒いコートを着た正也が立っていた。