女の自立

 美代子は、調停委員の中でも、女性の自立については確固たる信念を持っていることで他を圧倒していた。

「どうですかな?今日のご夫婦は…」

 自分の価値観の時代との乖離を既に十分自覚している古老の竹内が、あとの二人の女性委員に意見を求めると、

「ご主人があんなふうではねえ…」

 三人の中では一番年の若い石井が媚びるように美代子を見た。美代子の意見は決まっていた。妻に家政婦の役割だけを期待する夫は許せない。夜は遅い。休日も出かける。会話はしない。あげくに出張と偽って部下の女性と一泊旅行に出かけたとなると…。

「私は財産分与と慰謝料をきちんとして離婚の方向で進めるべきだと思いますわ。子育ても終ってることだし、今こそ彼女にとって自立するチャンスではないでしょうか。そうすれば、夫もどれほど日常を妻に依存していたかを自覚するでしょう」

 竹内も石井も深くうなずいて、一日の予定は終了した。

 まったく世の男たちは女を何だと思っているのだろう。給料さえ渡せば夫としての義務を果たしたとでも考えているのだろうか。その憤りは、自分の夫に対する感情と重なっていることに美代子は気がついていなかった。

 その日も夫は十一時を過ぎて帰宅した。美代子は今度は、昼間の調停の夫を自分の夫に重ねて腹を立てていた。

「おい、何か食べるものはないか?」

 と言われて、

「私は家政婦じゃありません!」

 ピシャリとはねつけたのが引き金になった。

「家政婦以下のこともしないで何を威張ってる」

 初めて聞く夫の本音だった。

 今となってはどちらが先か解らないが、出産を機に教員を辞めて専業主婦になったはるか昔の不全感が、子育てを終えた美代子の関心を家庭から社会活動へと向かわせる一方で、役職を得て多忙を極める夫の、妻に対する失望が同時進行した。婦人会役員や環境保護団体の理事や教育委員としての経歴を買われて調停委員になった時には、女性の自立運動の旗手になっていたが、夫婦の気持ちは離れていた。

「財産分与はきちんとする。お前も自立したらどうだ」

 美代子は反論ができなかった。しかし、五十を過ぎた自分が一人で生きて行くとなると…。住居、仕事、収入、老後…。美代子は「自立」という二文字の持つ意味の大きさに初めてたじろいでいた。