飛燕太鼓

 郵便受けに届いた東京行きの切符とコンサートのチケットを前に、俊之は決心が付きかねていた。

「弓子はあんたの膵臓がんを知って送って来たんだよ。気持ちよく行ってやろうよ」

 民子が言うと、

「和太鼓なんて苦労するに決まってる」

 俊之の台詞は五年前と変わらない。

「嫁に行くまでの趣味だとお前がとりなすから許したら、弓子のやつ、あの太鼓叩きと一緒になりやがった」

 そんな二人のお情けでコンサートなんかに行けるかと、吐き捨てるように言う俊之を、

「それは違うよ!」

 民子が睨み付けた。

「お情けじゃなくて、弓子はあんたが生きている間に許してもらいたいんじゃないか」

 民子の目が濡れている。俊之の肩からふいに力が抜けた。

 和太鼓集団「天地」の全国ツアーは大好評を博していた。駅でタクシー運転手にコンサートのパンフレットを見せると、あっけなく会場に着いた。やがて満員のホールに太鼓が響き、何度目かの暗転ののち、飛燕太鼓という演目になった。ライトに照らされたステージで、大小の太鼓を前にバチを構えて向かい合っているのが弓子夫婦だった。

 髪を束ね、腕に逞しく筋肉をつけた弓子と精悍な体型の夫が叩く、燕が飛び交うようなリズムは観衆を魅了した。安穏だけを願って平凡な公務員として過ごしてしまった俊之の命は、弓子に受け継がれて、今、ステージで燃えている。人生は苦労と同じ量の充足があるのかも知れない。

 演奏が終わると観衆が一斉に立ち上がって拍手をした。俊之も民子も最前列で立ち上がった。その視線をしっかりと捕まえてから、ステージ上の二人の奏者は深々と頭を下げた。