指輪

 律子が、一歳になったひ孫を見せに、はるばる実家に帰って来ると聞いてからの房代は、気の毒なくらい落ち着きを失っていた。

「無理もねえぞ、孫とはいえ、律子は、ばっちゃんが育てたようなもんだ」

 なあ…と、定男に言われると、路子には、小児喘息の律子を姑に預けて毎日行商に出た三十年前の記憶が蘇る。房代の背中にくくりつけられると泣き叫んでいた律子は、やがて、路子が抱こうとすると泣くようになった。

「そのばっちゃんが…」

 神棚にお灯明を上げる時、踏み台ごと転倒して腰の骨を折った。さらに、本人には知らせてないが、癌が膵臓を蝕んでいる。

「五年ぶりだよ。よっぽど懐かしいんだね」

 房代は車椅子の上で真剣に新聞の折り込み広告を見つめていた。

 律子は小さい頃、おもちゃの指輪が大好きだった。小児喘息は、発作が起きる度に、医者だ薬だと家族を振り回すことを心苦しく思う病気のようで、律子は遠慮してほとんど物を欲しがらない子供だったが、おもちゃ屋に連れて行くと、ブリキの指輪だけは執拗にねだっては房代を困らせた。房代の記憶は、今も律子の小さな手を引いていた。

 土曜日の午後遅く、律子は、胸に可愛い女の子を抱いて、たくましい母親の顔で現れた。

「指輪を買ってやろうかの」

 その晩、房代は得意そうに真珠の指輪の通販広告を見せたが、喜ぶはずの律子は、

「ばっちゃん、こういうものはちゃんと実物を見て買わねば、ニセものが多いのよ」

 軽々と断った。

 三泊して鹿児島に帰った律子のもとへ、ふた月ほどして房代の訃報が届いた。

「布団の下にこんなものがあったんだよ」

 路子が捨てようとする指輪の広告を、

「あ、捨てないで!」

 律子は、泣きながら、丹念に四つに折って手帳に挟み込んだ。