九十歳のドライバー

 寝たきりだ、認知症だと、テレビがそんな話題ばかり取り上げるから世の中が暗くなる。前向きに生きる高齢者の姿を紹介して、高齢社会に活気を与えるべきなんだというプロデューサーの企画が通って、出来上がった番組のタイトルが『九十歳のドライバー』だった。

 マイウェイの曲をバックに、ハンドルを握る老人が九十年の人生を語り始めると、カメラは遠くを見つめる老人の横顔と、変化する窓の景色と、後部座席の妻の顔を交互に映し出した。

「運送会社を勤め上げてから、タクシー運転手として第二の人生を終えましたが、他人ばっかりで、妻を乗せてなかったことに気がつきましてね、全国の温泉巡りを思いついたのです」

「奥様はお客様だから後部座席なのですね?」

「いやぁ、タクシー時代の癖でしてね、助手席に座られると落ち着かんのですよ」

「奥様はお幸せですね」

「私を乗せたいなんてのはあなた、口実、口実」

 この人はいくつになっても運転が好きなだけですよ…と笑う妻の顔が大写しになった。

 芳蔵は居間でその番組を観ていたが、やがて意を決したように立ち上がった。

「あれ?親爺は?」

「さっきガレージから車か出る音がしたけど、あなたじゃなかったの?」

「おい、まさか…」

 和明と牧子は血相を変えて軽自動車に乗った。

 その頃。芳蔵は国道をひた走っていた。

 八十歳の誕生日を機に厳しく運転を禁止されたが、息子夫婦は心配をし過ぎる。自分はテレビの老人より五歳も若いではないか。

 その晩、和明の携帯に警察から電話が入った。

「側溝に落ちて気を失っているところを発見されました。念のため検査を受けていますが、命に別状はありません」

 相手のある事故でなくて幸いでしたと付け加えて電話は切れた。

 事故の場所から推して、芳蔵は死んだ妻とよく行った夕日ケ浜に向っていたらしい。