制帽

 四十九歳で退職を勧奨されるということは、事実上のリストラだったが、

「あなたみたいに誠実で有能な社員を辞めさせるような会社に将来性なんかないわよ。やり直しが利く年齢でそれが解っただけ儲けものだと思わなきゃ」

 明るく和代に笑い飛ばされた高志は気を取り直し、条件は少し悪くなったが、早速ツテを頼って別の広告会社に就職をした。

 同じように退職を余儀なくされた同期の健一は、

「それって、クビってこと?」

 達子に険しい顔で詰め寄られて、

「経営が苦しいんだってさあ、会社。だから俺たち課長級が一度に三人退職させられるんだ」

 事情を説明したが、

「あんなに働かしておいて、それはないわよ。辞めるにしても、ちゃんと掛け合えば、退職金はもう少し色がつくんじゃない?」

「確かにそうだ、そうだよな」

 翌日健一は、人事部長に抗議をして空しく帰宅した。

「退職しなきゃ、ヒラに格下げだってさ。もちろん給料も下がる。ばかばかしいから辞めて来たけど、明日はわが身だぞってにらみつけてやったら、部長のやつ、真っ赤になってた」

 退職金と失業手当でしばらくはのんびり食いつないでから求職活動を始めたが、同業の会社はどこも体よく断られた。会社を辞める時ごねた事実に、尾ヒレがついて伝わっていた。

 三年が経った。

 新しい会社で頭角を現した高志は、デパート・ホテル部門の宣伝部の責任者になったが、畑違いの職場に就職した健一は、どこへ行っても年下の上司に素直に従えず、「へ、若僧が茶色い髪して威張りやがって!」

 さらに二つ職場を変わり、結局、警備会社に落ち着いた。

「さむ…」

 デパートの駐車場で制服の肩をすぼめる健一の前に、一台の乗用車が停まった。

「あの、広告宣伝部に行きたいのですが…」

 運転席から顔を出した紳士に見覚えがあった。

 それが同期の高志であることを認めた健一は、悪いことでも見つかったように、慌てて制帽を目深に被り直した。