破綻

　朝型人間の篤夫と夜型人間の佳代の家庭生活は、子供たちが高校を卒業するまでの二十年ほどは何とか正常に機能していたが、夫婦二人きりの生活になるに及んで破綻した。出勤間際におざなりの朝食を出され、パジャマ姿で送り出される毎日に辟易した篤夫は、

「たまにはインスタントじゃない味噌汁が作れないのか」

　振り返ったソファーで眠りこける佳代を見て、糸が切れるように一緒に暮らす意味を失った。そんなに眠きゃ早く寝ればいいと思うのだが、先に寝るぞ…と自分の部屋に行く篤夫にろくに返事もしないで、日付が変わっても佳代は借りて来た韓国映画に夢中で眠る気配がない。

　定年まであと五年…。

　これから先は悲しいことばかりが起きる。

「お義母さん賢い人だから、不自由になってもきっと施設を選ばれるわよ。嫁の世話じゃお互いに気を遣うもの」

　まだ元気なうちから田舎の母親の介護拒否を宣言された時、篤夫は具体的に離婚を意識した。気まぐれなパートに出かけるだけの専業主婦が、満足に家事はしない、親の面倒はみない、生活はすれ違って夫とは会話もないとなれば、残された人生の伴侶としては寂しすぎる。

　『熟年離婚』という四文字を抱えて鬱々とした日々を重ねたあげく、よし！今夜こそは切り出そうとマンションの玄関を開けた篤夫を、

「お父さん…」

　思いがけず孫の雅也を抱いた亜紀子が出迎えた。

「お前」

「亜紀子ったらね、もう千葉には帰らないんですって」

　ほら、ちゃんと自分でお父さんに事情を説明しなさいと母親に促され、夫の帰宅が遅いこと、朝は機嫌が悪いこと、雅也を全然可愛がらないこと、給料を先に引き出して使途の説明がないことなどを散々訴えたあげく、

「あの人、浮気してるのよ。メールばっかりしてる」

　亜希子は声を震わせた。

「ちょっと待て。優しかった夫が急に変わるなんて、お前に落ち度はないのか？夫婦のことはお互いだぞ」

「三歳の子供を育ててるのよ。完璧な主婦なんて無理よ」

「とにかく結論を急ぐな。話し合わなきゃだめだ」

　な？と篤夫が佳代に同意を求めると、

「話し合わなきゃだめだ」

　言葉を覚え始めた雅也が真似をして得意そうに笑った。

終