情報源

 絶縁状態だった東京の妹が死亡したために、七千万円という思いもかけない遺産を相続したマツは、

「…で、このカネは、わしの好きにしてええんかの?」

 子供のようにうろたえたが、

「おおさ、これで窮屈な生活保護からは抜けたんじゃ。どう使おうとマツさんの自由やよ」

 信頼する杉野達彦に言われ嬉しそうに頭を下げた。


「そう、よかったわね。でも、八十歳のお年寄りの生活がガラリと変わるのだから、あなたもしばらくは民生委員として気にかけていないとねえ」

 妻の言葉に従って、その日もマツの様子を見に出かけた達彦は、

「おい、こりゃあ…」

 老朽家屋の床下を覗いて驚いた。

 一面に敷き詰められた白い砂利の上に、怪しげな換気扇が七基も据えつけられている。


「明らかに悪徳業者ですね」

 連絡を受けてやって来た消費生活センターの担当者は、九十八万円という法外な領収書を発行した隣町のリフォーム業者に出向いて事業主に会い、適正な工事内容に変更する交渉を進めながら、

「…で、マツさんのことはどうやって知ったのですか?」

 情報源を問い糾して約束どおり達彦に報告した。


「事業主の息子…ですか?」

「はい。東京の大学生なのですが、電話での雑談で、たまたまマツさんの遺産相続の話をしたそうです」

「しかし、どうして息子がそれを?」

「同じ郷里の友人から聞いたそうですよ。名前は…ええっと、杉野、そう、杉野春雄です」

「杉野春雄!」

 春雄は達彦の孫の名前だった。

「おい、お前が春雄に話したのか?」

 

「マツさんのことはあの子もよく知っているものですからつい…迂闊でした」

 マツの情報は、結局、達彦自身の口から漏れていた。

 守秘義務違反を悔いて杉野は民生委員を辞任した。

 騙されたことを知ったマツが深刻な人間不信に陥り、巨額な現金を手元に置いて引きこもるのは、それから間もなくのことだった。