二等兵

 以前は病院に連れて行くのが一苦労だったが、

「さあ、今日は先生に診てもらって、たこ焼をもらう日ですよ」

 と言えば善次郎は嬉々として受診した。

 医師も心得ていて、

「はい、診察終わりましたよ。それじゃこれを受付に出して、たこ焼きを受け取ってください」

 と言って町子に処方箋を渡した。駐車場の隅の屋台でたこ焼を買って、善次郎が食べ終る頃に薬が出ることになっている…が、

「先生、実は…」

 今日、町子には深刻な相談があった。

 善次郎は最近言うことを聞いてくれなくなった。トイレに行くのも抵抗するし、行ってもズボンを下ろさないので後始末が大変だった。

「進んでるのでしょうか、認知症…」

「まあ、進み方には個人差がありますが」

「亡くなったお婆ちゃんには、そりゃあ従順で、ご養子さんですか、なんて言われてたんですよ」

「その頃の鬱屈が溜まっていたりすると、突然人の言うことを聞かなくなる人、いるんですよ。感情というものは恐ろしいものです」

「嫌々従っていたということでしょうか…」

 町子の脳裏を、言い出したらきかない頑固者の夫の顔がかすめた。

「お父さん、確か兵役の経験ありましたよね?」

 町子がうなずくと、医師は善次郎に向かって大声で気をつけ!と言った。すると善次郎は立ち上がって直立不動の姿勢を取った。

「ね?困った時は思い切って命令してごらんなさい、上官のつもりで」

 という医師の助言は的中した。

「気をつけ!トイレへ行け!」

「ズボンを下ろせ!」

 町子が大声で命令すると、二等兵になった善次郎は緊張した面持ちで従った。

 それから一週間も経った頃だろうか、

「おい、それやめた方がいいぞ。近所でお前が夜な夜な親爺を虐待してるって噂してる」

 夫が血相を変えてそう言った。