保証ビジネス

 入居可能なグループホームが見つかったという報告は朗報だったが、

「ただ…」

 身元保証人が必要なのですと言って富田相談員は困ったように花井事務長を見た。松野麻子には子供がいない。三つ上の兄がいたが、十年も前に他界した。二年余りの介護の末、夫の永吉を見送ると、麻子には頼れる身寄りはなくなった。兄には二人の子がいるが、過去に金銭的に迷惑をかけたことがあって、それ以来、年賀状はおろか冠婚葬祭の付き合いもない。

「仕方がない、一つ、この団体に連絡してみるか」

 事務長は机の中から『NPO法人身元保証支援団体ふれあい協会』という物々しい名称のパンフレットを取り出した。

「何ですか、これは?」

「麻子さんのように身寄りのない人のために身元保証を引受けてくれる非営利団体らしい」

「非営利と言ったって、もちろん費用が要りますよね?」

「忘れたのかね?麻子さんは三千万円の持ち主なんだよ」

「あ、そうでした。福祉の制度は預金額で負担額が決まるからって、現金で貯えてました。それで低所得扱いで市営住宅にも住んでたし、この養護老人ホームにも移れました」

「賢いやり方だよ。利息の付かない時代だからね」

「その賢い麻子さんが認知症ですから、分からないもんですね」

「先週は施設の周辺を二度捜索したし、頻繁に部屋を間違えてトラブルの連続だ。養護老人ホームの限界を超えているよ」

 とにかくこの団体に連絡してみたまえと事務長に指示されて、富田はパンフレットの番号に電話した。

 翌日、施設にやって来て、施設長と型どおりの挨拶を交わし、

「それではご本人にお目にかかります」

 麻子と二人きりになる部屋を貸してほしいと言う『ふれあい協会』の職員に、

「一応責任がありますから…」

 口出しはしないという約束で富田は強引に同席した。

 職員は認知症の扱いに慣れていて、夫の生前の様子を言葉巧みに聞き出すと、

「麻子さんに苦労をかけて、永吉さん、きっと感謝してますよ」

「頑固じゃったけんど、若い頃はええ男じゃった」

 誰も聞いてくれない懐かしい思い出話しができて、麻子がすっかり目の前の若い職員に心を許した頃、

「ところで麻子さんのお名前はこれで合ってますか?」

 メモ用紙にボールペンで大きく松野麻子と書いて見せた。

 麻子がうなずくと、

「ここにご自分で書くのは難しいですか?」

 ペンを差し出して契約書の署名欄を指差した。

 難しいかと言われて意地になった麻子は、メモを見ながら二枚の用紙に署名捺印して協会との契約は終了した。

 富田がざっと目を通すと、身元保証だけでなく財産管理や葬儀についても委任する内容になっていた。

 後日、施設が管理していた麻子の現金は協会に引き継がれたが、麻子は既に三千万円の存在すら覚えてはいない。

 転居の日、富田はあんな形で交わした契約の有効性と現金の管理に疑問を抱いたが、他に方法がないことに思い至ると、ふっ切るように迎えに来た車に麻子を乗せた。