安楽死2025年

 ベッドに横たわった春彦が、ゴーグルで両眼を覆ってしばらくすると、白い部屋の明かりが消えて、目の前に懐かしい飛騨高山の景色が現れた。映像だと分かっていても、奥行きのあるリアルな景色には、まるでそこに居るような臨場感があった。

 上三之町には土産物屋やうどん屋が並び、たくさんの観光客が行き来している。みだらしだんごの屋台からは、醤油の焼ける香ばしい匂いが立ち込めている。

 やがてかすかに聞こえて来たお囃子の音をたどって行くと、絢爛豪華な祭り屋台の上で人形からくりが始まった。

「春彦、帰って来たんけな!」

 故郷の訛りで呼び止められて、振り返った春彦の目の前に、仲の良かった中学時代の同級生たちが笑っている。

「道っちゃん!達雄、和くんも、いつの間に」

「俺も居るでぃな」

「利治か?」

 みんな中学生の年齢で、詰襟の学生服を着ていた。

「今からいつものように城山でかくれんぼするんやけど、春彦もやるやろ?」

「やる、やる」

 達雄が鬼になって金森長近公の銅像の下で大声でゆっくりと数をかぞえ始めた。

 春彦は茂みに身を潜めたが、達雄は百を超えても数をかぞえ終わらない。

 そのうちに春彦は睡魔に襲われた。

 うっとりするような睡魔だった。

 やがて部屋の明かりがついて壁の換気扇が回り、充満した笑気ガスを排出し終えた頃、白衣の担当医が春彦の脈を取り、

「十時二十分、ご臨終です」

「お爺ちゃん!」

「親父!」

 家族が駆け寄ったベッドの上で微笑む春彦の顔に白い布がかけられた。

 看護師の合図で壁のドアが開き、春彦を乗せたベッドはすべるように霊安室に吸い込まれた。