由美の復讐

 実は煙草を吸っていると打ち明けられて、

「お前、高校生だぞ」

 健介は美香を睨み付けた。

「仕方がないのよ、吸わないといじめられるから」

 アイドルのコンサートで知り合った由美という別の高校の先輩から呼び出されて、コンビニで仲間数人と煙草を吸わされるのだという。記念撮影と称して、吸っているところを写真に撮られて以来、みんな由美には逆らえない。

「私服で、髪を下ろして、サングラスをかけて、思い切り横顔で写ったから、写真では私だとは分からないと思う」

「ばか、そういう問題じゃないだろう」

 少年課の警察官の娘がコンビニで喫煙していたのでは話にならないが、写真から本人が識別できないのは幸いである。

「あなた、何とかならないの?補導されたりしたら内申書に関わるわ。美香は被害者なのよ」

「心配するな、俺に考えがある」

 その夜、健介は、誘いの連絡を受けた美香に外に出るなと言い置いて、グループが集まるコンビニに出かけて行った。


「お父さん有難う。あれ以来、由美からの誘いはなくなったわ」

「ああ、補導して厳しく指導した上に、保護者にも学校にも連絡した。由美の父親は県会議員だが、家庭がひどい状況だということは学校も承知していたぞ」

「きっと淋しいのね」

 可哀想に…と健介の妻から同情された由美は、数日後、卒業してスナックで働く千夏のアパートを訪ねて事の仔細を打ち明けていた。

「先輩、私、このままじゃ我慢できません」

 千夏の部屋は、ファンシーケースから派手な衣類があふれ、化粧品の混合臭が立ち込めている。

「そのお巡りの名前も顔も分かっているのね」

「補導された時は怖くて言えなかったけど、実は私も脅されているのだと嘘をついて、あの熱心なお巡りさんに個人的に相談したいと涙ぐむと、親父がすぐに調べてくれたわ」

 健介の住所も顔写真も経歴も載っている職員調書のコピーを手渡され、

「任せて。私だって正義づらしたお巡りには恨みがあるの」

 千夏は携帯電話を取り出した。


 明け方まで続いた台風の雨風が嘘のように青空が広がっている。運休が解除されたばかりの駅のプラットホームには、いつもより格段に多い乗客があふれ、到着した列車のドアに吸い込まれた。次々と乗り込んでくる乗客に押されるように、健介が車両の中央辺りの通路の吊り革につかまった時である。

 右手で提げていたバッグが突然強い力で引っ張られた。

 取られてなるものかと泳ぐ右手に、柔らかい別の手が重なって、前に立つ女性のスカートに激しく押し付けられた。

「皆さん!この人痴漢です!」

 健介の手首を握った女性が、けたたましい叫び声を上げた。

「違う!わ、私はバッグを盗られそうになって…」

 という健介の言葉を遮るように、

「私、見ました。この人、彼女のお尻に右手を押し付けていました」

 隣に立つスーツ姿の女性が健介より大きな声を張り上げた。

 列車は動き出し、健介は周囲の乗客に四方から取り押さえられた状態で次の駅で駅員に引き渡された。

『警察官、卑劣!ラッシュ時の満員電車で痴漢』

 夕刊には健介の名前入りの記事が一面に踊った。