まめな会

 二月の日差しがカーテン越しに射し込むと、わずかに目を開けた伸一郎は、一旦は布団にもぐり込んだが、思い出したようにのっそりと這い出した。

 居間のテーブルの上に小さな紙包みがある。中には炒った大豆が入っていた。

「明日は九時に公園で待っていますから、絶対に豆を忘れないでくださいね」

 紙包みをテーブルに置いて微笑む熱心な保健師の口元が、金沢に嫁いだ一人娘の美奈子に似ていた。伸一郎はジャンパーの襟を立てて公園に向かった。久しぶりの朝の町だった。

 二年前に妻を亡くした伸一郎は、しばらくは弔問客のために家を空けられなかったが、来訪者が途絶えた頃に、体の芯を失ったような寂しさに襲われた。住み慣れた町が見知らぬ町のように感じられ、人に会うのが億劫だった。

 やがて引きこもり高齢者のリストにでも載ったのだろう。あれこれと理由をつけては町の保健師が訪ねて来て、

「そうだ!公園の鳩に餌をやりましょう!」

 と言った。何を子供じみたことを…と思う一方で、豆まで用意して待っているといわれると嬉しかった。

「ここですよお!水野さん」

 声の方向を見た伸一郎はその場に立ちすくんだ。おびただしい鳩に取り囲まれて、数人の高齢者たちが餌をやっている。その中心で保健師が立ち上がって手を振っていた。

「我々も最初は誘われたのですよ」

「みんな伴侶に先立たれた独り者です」

「毎朝ここで餌をやってるうちに親しくなりました」

「帰りにお茶飲む程度じゃ物足りなくなって、今度一泊旅行をするんですよ」

 一緒にどうかと誘われてためらう伸一郎に、

「まめな会というんですよ」

 私が命名しましたと、一番着ぶくれた男性が誇らしそうに胸を張った。