クレーン

 屋根が落ち、壁が崩れて、むき出しになった台所を、黄色いくちばしの巨大なクレーンが容赦なく破壊する。急死した和江の部屋が、住んでいたままの状態で壊されてゆく様子は、人生など終わってしまえば跡形も無いのだと言われているようで悲しかった。

「葬儀が終ってひと月も経たないのに…」

 むごいわねえ…と呟いた登美子の声は工事の騒音にかき消されたが、にわかに力のこもった登美子の左手を辰雄は同じ思いで握り返した。

 あるじを失った老朽家屋が取り壊されては高層マンションに変わってゆく。その度に、挨拶を交わす木の家のご近所が減り、代わりに町内会にも加入しないコンクリートの箱の住民が増えた。

「結局、息子さん、帰らなかったのね」

 その晩、布団の中で登美子が言うと、

「職場が東京だ。名古屋には帰れないだろう」

 それにこれだけ地価が上がったんじゃ、土地を売らないと相続税の負担は難しい…と言おうとして辰雄は口をつぐんだ。自分たちも同じ運命に晒されている。長男は大阪、次男はニューヨークでそれぞれ所帯を持っていた。

「和江さん、俳句の会に参加して、お友達も多かったからすぐに発見されたけど、誰ともお付き合いがなかったらどうなっていたのかしら」

「新聞が二、三日溜まったぐらいじゃ配達員も不審には思わないからなあ」

「この辺りも近所付き合いがどんどんなくなってしまって…。独り暮らしになったら何かの会に所属しなきゃいけないわね」

(遠くない時期に確実にそんな運命がやって来る。どちらが残るのだろうか…)

 寝付かれない二人の耳に、昼間見た猛々しいクレーンの音が聞こえていた。