- ホーム > 平成23年以前の作品/目次 > 遺言2
遺言2
とにかく同居した当初は諍いが耐えなかった。
「お義母さん、私と真一さんのものはケチケチしないでクリーニングに出してくださいね」
職場で恥をかくからと、智子は慎一がはらはらするほどはっきりとものを言うが、
「おや、気に入らなければ自分でして下さいな」
美和も決して負けてはいなかった。
ある時、美和がうっかり漏らした愚痴が智子に伝わって、大もめにもめたことがあったが、
「私が悪かったわ。許してね」
珍しく美和が率直に頭を下げ、
「いえ、私こそ言い過ぎました。ごめんなさい」
智子が反省してからは、二人は何を言っても恨みを残さない風通しのいい関係になった。
「私たち、あれから何度大喧嘩をしたかしら?」
ベッドの上で美和が言うと、
「楽しいことだけ思い出しましょうよ」
美和の口に食事を運びながら智子が笑った。
この二十年余りの間に美和の夫が逝き、昨年は美和が倒れて身体の自由を失った。保健師の職を捨てて家に入るという智子に、慎一も慎一の二人の姉も暗に施設入所を提案したが、
「お義母さんの世話は私がします」
智子はきっぱりと言い放った。
「智子さん、もう少し丁寧に食べさせてね。あなた介護に慣れて、この頃乱暴になったわよ」
「文句ばかり言うと嫌われますよ、お義母さん」
二人はいつだってこんな調子で仲が良かった。
しかし美和は最近法律の不合理をつくづく思う。美和の手元には夫の生命保険金が手付かずで残っていたが、民法は子供たちには平等に相続を認める一方で、嫁には相続を認めていない…と、そこで突然視界が開けた。
(そうだ!私のことは私が決めればいいんだ)
美和はその晩思い立って便箋に向かった。
そして、智子にも子供たちと同等の相続をさせる旨、密かに遺言を書いた。
終