遺言2

 とにかく同居した当初は諍いが耐えなかった。

 「お義母さん、私と真一さんのものはケチケチしないでクリーニングに出してくださいね」

 職場で恥をかくからと、智子は慎一がはらはらするほどはっきりとものを言うが、

 「おや、気に入らなければ自分でして下さいな」

 美和も決して負けてはいなかった。

 ある時、美和がうっかり漏らした愚痴が智子に伝わって、大もめにもめたことがあったが、

 「私が悪かったわ。許してね」

 珍しく美和が率直に頭を下げ、

 「いえ、私こそ言い過ぎました。ごめんなさい」

 智子が反省してからは、二人は何を言っても恨みを残さない風通しのいい関係になった。

 「私たち、あれから何度大喧嘩をしたかしら?」

 ベッドの上で美和が言うと、

 「楽しいことだけ思い出しましょうよ」

 美和の口に食事を運びながら智子が笑った。

 この二十年余りの間に美和の夫が逝き、昨年は美和が倒れて身体の自由を失った。保健師の職を捨てて家に入るという智子に、慎一も慎一の二人の姉も暗に施設入所を提案したが、

 「お義母さんの世話は私がします」

 智子はきっぱりと言い放った。

 「智子さん、もう少し丁寧に食べさせてね。あなた介護に慣れて、この頃乱暴になったわよ」

 「文句ばかり言うと嫌われますよ、お義母さん」

 二人はいつだってこんな調子で仲が良かった。

 しかし美和は最近法律の不合理をつくづく思う。美和の手元には夫の生命保険金が手付かずで残っていたが、民法は子供たちには平等に相続を認める一方で、嫁には相続を認めていない…と、そこで突然視界が開けた。

 (そうだ!私のことは私が決めればいいんだ)

 美和はその晩思い立って便箋に向かった。

 そして、智子にも子供たちと同等の相続をさせる旨、密かに遺言を書いた。