遺言4

 浩介が死んだ。死ねばいいのだと和之は思っていた。五年前、痛い痛いと言いながら点滴につながれたままおふくろが死んだのだって、親爺のせいだと和之は思っている。

「社長婦人として贅沢三昧できるんは、いったい誰のおかげや思うてる」

 というのが親爺の口癖だったが、おふくろはそんなものは望んではいなかった。家族で食事をしながら会話が弾む普通の暮らしがしたかったのだ。やれ商工会の会合だ、異業種の付き合いだと外泊を繰り返す親爺の背広についた香水の匂いに苦しんで、結局おふくろは癌を病んだ。そんな親爺に反発した和之は、二人の息子が大学を卒業するのを待って家を出た。妻も和之が父親の支配下から自立するのを歓迎した。

 副社長として経理を任されていた和之は、密かに五千万円を自分の口座に移した。小規模ながら堅実な金型会社の経営ノウハウを身につけた和之がその気になれば、転職先は簡単に見つかった。

 東京にマンションを買って落ち着いた頃、

「会社は私が継ぐことになりましたので」

 一応ご挨拶を…と、和之の下で営業を担当していた妹の夫から電話が入り、持って出た五千万で親子の縁を切るという浩介の意思を伝えた。

(縁を切ったのはこっちの方だ。それに親爺が死ねば相続は兄妹で半々だ。そうなったら株の半分を継ぐ立場として俺は経営にも口を出す)

 喪服姿で大阪に向かう和之は、改めてあの時の決意を思い出していた。

 顔を白い布で隠して横たわる父親の体はびっくりするほど小さかった。目を閉じた父親の魂は、この世を離れて超然としているように見えたが、浩介の意思は思いもかけない方法で死んでもなお明確に貫かれていた。

「お揃いになりましたね」

 顧問弁護士が一通の封書を開封すると、それは財産の一切を妹に相続させる旨の遺言だった。しかも妹の夫は養子縁組をして、和之の法定遺留分にはさらに制限が加えられていたのである。