遺言6

 通夜の弔問者が波が引くように帰って行くと、逸朗のなきがらは一旦主役の座を降りて、控え室には再び遺族の気まずい現実が戻って来た。

「義姉さん、こんな時にこんなこと言いたくはないけどね、おれ、兄貴の心臓発作は義姉さんのせいだと思ってる」

 店はアルバイトに任せっ放し。外出したら帰りは遅い。数字は苦手だからって帳簿を手に取ることもしない。

「妊娠中に重い小豆や砂糖の袋を持って流産してから、義姉さんは人が変わってしまったと兄貴が言ってたけど、子供が流れてつらかったのは何も義姉さんだけじゃないんだからね」

 つい先週、兄弟で渓流釣りに出かけたとき、愚痴と一緒に逸朗が漏らした溜め息の音が達朗の耳に生々しく残っている。

「そうよ、兄さんにはいつだって白い上っ張りを着せて、自分はブランド狂いの旅行三昧。あなたの実家の借金にも兄のおカネが随分流れたこと、ちゃんと聞いて知ってるのよ」

 妹の多津子にも義理の姉に言いたいことが山ほどあった。

「三代続いた和菓子の老舗も、跡継ぎがなくてはお終いよね。お母さんが死んで二年経たないうちに後を追うようにお父さんが逝って…店を継ぐのは兄さんだと思うから、あのとき私も弟も相続を放棄したのよ。今回は弁護士に相談して、一等地にあるこの店、処分したおカネを三分割してもらいますからね」

 翌日、葬儀を済ませた足で法律事務所を訪れた姉弟は、逸朗に遺言はあったかと尋ねられた。

「五十代の突然死ですよ。遺言はありません」

「子供のない夫婦の場合、遺言なしで相続を争えば、夫の遺産の四分の三は妻が相続します」

「私たちにはわずか四分の一!」

「ということは、義姉が死ねば老舗の財産は?」

「妻の同胞に相続されます」

「父や兄が守って来た財産が、私たちじゃなくて、何の貢献もしていない赤の他人に…」

 妹弟は遺言の重要性を改めて思い知った。