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鯉のぼり
いつものようにクラブ活動で帰りの遅い裕二を待って、家族全員が食卓を囲んだときのことである。
「商店街の木村さんは、何の用事やったんや?」
と、志津に尋ねられ、
「来年の夏、よさこいソーラン踊りのコンテストがあって、そのお誘いでした。商店街はご家族で協力されるお宅が多いんやそうです」
和子が少し羨ましそうに答えると、
「わ、あれってカッコいいんだよね!」
江利と裕二が目を輝かせたが、
「うちは無理やで、決まってるやないか」
義彦は箸を置いて、一家の主人らしく恐い顔で背筋を伸ばした。
「ええか、明治から続いた老舗は、派手な衣装着て町を練り歩いたりでけへんのや」
お母ちゃんと息子に同意を求められて曖昧に頷いてはみたものの、志津はその夜、珍しく眠れなかった。
この店に嫁いですぐに、志津は商店街ののど自慢に出て、姑にひどく叱られたことがある。
「なんぼ頼まれたかて、わきまえなはれ!高級和菓子に不釣合いなことは慎んでもらわんと」
それ以来志津は、茶道、華道だけでなく、日舞まで習って和菓子の販路の拡大に努めて来た。
その姑が死に、昨年は夫が逝った。
志津の頭上にはいつだって老舗の格式と姑の厳しい目があった。もっと自由な生き方があったのではないかと思いながら、いつの間にか自分も同じ窮屈を家族に強いていたらしい。
「よし!」
志津は思い立って押入れを探した。
それから三週間…。
踊り参加希望の締め切りが迫った日曜の朝、
「もう老舗や格式や言うてる時代やないやろ。これ着て親子でぱあっと踊りなはれ」
志津が目にも奇抜な模様の羽織を四枚、座敷に広げて見せた。
よく見るとそれは、飾らなくなって久しい裕二の鯉のぼりだった。
終