紫陽花

 川と言うよりはドブと呼ぶ方が相応しいスズメ川に四つん這いになって清掃活動をするグループの中に、同級生の姿を見つけた康之は、

「おおい!満男、お前、瀬高満男だろ?帰ってきたのか」

 土手の上から声をかけた。

 誘われて康之の家に立ち寄った満男が、

「なるほど、紫陽花屋敷といわれるだけあって、見事なものだなあ…」

 庭を豊かに縁取る紫の帯に目を見張ると、

「いやあ、枯れたらこれほど汚い花もない。茶色くなるたびに刈り取る作業は面倒だぞ」

 親爺も厄介な庭を残してくれたものだと康之は本音を漏らした。

「生き物は綺麗なまま終わるのは難しいからな」

 満男はそう言いながら花の前にしゃがみこみ、

「肝臓に癌が見つかった…」

 重大な事実を打ち明けた。

「え?手術は?手術したら治るだろう」

 満男は黙って首を振り、

「あと一年かな…」

 そいえば少し黄色い目で康之を見た。

「そんな体で、なんでスズメ川の掃除なんか」

「あの川、本当は鈴音川というんだ。水が鈴みたいな音で流れていて、ホタルがたくさんいた。覚えてるだろ」

「ああ」

「あの川を昔のようなホタルの棲む川にしようという団体に入ったんだ」

 死ぬ前にもう一度鈴音川のホタルが見たいと言った満男は、それからもせっせと川の清掃に加わっていたが、秋には入院し、さんざん苦しんだあげく、たくさんのチューブにつながれた姿で春を待たずに逝った。

 再び紫陽花が咲いた。枯れた花を刈り取る度に康之は、きれいなまま終わるのは難しいといった満男の言葉を思い出した。

 その夜、あるいはと思って出かけた鈴音川は深い闇に包まれていた。