個人情報

令和01年12月07日

 県道が通る場所に、たまたま広大な運送会社の土地が存在していたというのは順序が逆で、実はバイパスの建設計画が事前に漏れて、運送会社が安い値段で原野を取得したのではないかという疑惑が議会で問題になった。

「道路の建設計画が具体的になった時期と、運送会社が原野を買った時期の分かる書類の提出を求めます。その後、運送会社から知事に多額の政治献金があった事実も明らかにして頂きたい。これは場合によっては汚職事件に発展しますよ」

 市民団体選出の淵田議員の質問に対し、

「お手元の資料の通り、バイパス建設計画が正式に決定されたのは、運送会社の土地取得より随分後でありますので、議員のご指摘は当たらないと考えています」

 土木部長が答弁すると、

「情報が流れるとしたら正式な決定より前でしょう。場所を特定して建設計画が検討され始めた時期の分かる議事録を出して下さい。計画の策定経緯の記録は保存してあるでしょう?」

 淵田議員の声は一段と大きくなった。

「お答えします」

 今度は佐島用地課長が発言を求め、

「道路建設には様々な要素が検討されますが、いちいちを書面で残している訳ではありません。議事録があったとしても、個人にわたる情報も含まれていますので開示できません。本件に関しましては、お手元の資料が全てであろうかと存じます」

 資料の存在を最後まで否定して切り抜けた。

「佐島くん、君の仕事ぶりは記憶しておくからね」

 知事から直接電話を受けて、佐島は同期より一歩も二歩も抜きん出た実感を得たが、仕事を終えて市民病院に向かう佐島の心は怒りで爆発しそうだった。

「どうだ、保奈美は?」

 と聞く佐島に妻の由美子は首を横に振った。個室のベッドには一人娘が意識を回復しないまま三日目の夜を迎えている。保奈美の首を赤紫に横切る生々しいロープの跡から目を背けて、

「遺書まであるんだ。絶対にいじめの事実を認めさせてやる」

 翌日再び休暇を取って、佐島は保奈美の中学校に向った。

「いじめの事実は明確になりましたか?」

 と佐島は怖い顔で校長に詰め寄ったが、

「アンケートを実施すると共に、第三者委員会を立ち上げて調査を行う段階です。もう少しお時間を頂きたいのですが…」

 無言の校長に代わり、教頭が言葉を濁して煮え切らない。

「十三歳の娘が自殺を図ったのですよ!必ず理由があるはずです。遺書にあった三人は何と言っているのですか?」

「美香、こずえ、春菜、これからも一生一緒に居るからね、と言う短い遺書は、仲が良かった三人に宛てた別れの言葉だと学校としては理解していますが…」

「仲が良かったのなら、本人から自殺の理由を何か聞いているはずでしょう。娘は三人にいじめられた恨みを伝えているのではないかと思っています。とにかくその三人は保奈美のことについて何と言っていますか?聴取した結果を教えて下さい」

 すると、教頭が議会答弁をするような顔でこう言った。

「残念ですが、聴取した内容は、個人にわたる情報なので開示はできかねます」