法の壁・人の壁

令和01年12月25日

 後藤茂幸が今日も学校を欠席した。

「後藤くん、そろそろヤバいんじゃないの?出席日数」

「おれも心配してるんだ。ここんとこ連絡なしに五日連続で休んでる。ラインも既読にならないし…」

「私のメールにも返事がないわ。誰か理由を聞いてない?」

 茂幸はいつだって当たり障りのない話題に終始して、決して自分の内面を見せようとしない。そのせいか、茂幸を嫌う者はなかったが、理解者もいなかった。

「どこに住んでるんだ?あいつ」

「さあ…電車で通ってるよね、大きなリュック背負って」

「家族と一緒なのか?」

「一人なら学校の近くにアパート借りてるだろう」

「何だ、結局おれたち後藤のこと何も知らないんだ…」

「あら、私のことだって知らないでしょ?」

 北野綾香の一言で、みんな大変な事実に気が付いた。働きながら夜学ぶ専門学校に在学し、すっかり仲間になったつもりでいるが、お互いのことをほとんど知らなかった。

「塚本先生の言うとおり、私たち、今こそ実践すべきじゃないかしら?」

 という北野綾香の提案に反対する者はいなかった。

「皆さんは社会福祉士を目指してこの専門学校で勉学に励んでいます。言うまでもなく社会福祉士は生活に困難を抱えた人の支援をする仕事です。知識を詰め込めば国家試験には合格しますが、知識だけで人は救えません。クラスの中に困っていそうな仲間を見つけたら、積極的に手を差し伸べる。身近な実践こそが社会福祉士としてのセンスを鍛えるのです」

 塚本の講義が学生たちの心で熱を放っていた。

「授業のレジュメを送ってやろうか、手紙を添えて」

「それより直接届けようよ。顔を見て話せば事情だって聴ける」

「おれ、日曜だったら行けるよ。バイト休みだし」

 都合のつく八人のクラスメートが、茂幸が休んでいる間の配布資料を封筒にまとめて、塚本を教員室に訪ねた。

「後藤くんの住所?」

 塚本は困った顔をして、個人情報だからなあ…と言った。仕事で入手した個人情報を第三者に提供する場合は、本人の同意が必要である。

「後藤くんは学校からの電話にもメールにも反応しないから、同意の取りようがないんだよ」

「私たちの連絡にも反応がありません。だから直接会いに行くんじゃないですか。教えて下さいよ、住所」

「いや、これは法的な問題だよ、それに、いきなり複数で押しかけるのはどうだろう…。本人の気持ちもあるからね」

 まずは用意したレジュメに仲間と教員の手紙を添えて郵送したが、一週間経っても反応はなかった。

 塚本自身が住所を頼りに後藤という表札の戸建ての留守宅を訪ねてドアに名刺を残して来たが、これにも反応はなかった。

 塚本は会議の開催を求め。夜に訪ねてみることも提案したが、

「未成年ではありませんからね。反応がないことが後藤くんの意思表示と考えるべきでしょう」

 一日一度、携帯電話に連絡を求める旨の留守電履歴を残しながら、規定の期限まで経緯を見守ることになった。

 その結果、後藤茂幸は理由不明のまま除籍になった。