サプリメント

令和01年12月28日

 上条に好意を感じていただけに、突然喫茶店に呼び出されて、令子は嬉しかった。天野クリニックに出入りする薬局の担当が替わり、上条の姿を見なくなって半年が経っていた。

「どうしたのかと思っていたのですよ」

「ごめん、ごめん、散々お世話になっておきながら、ご挨拶もしないでいなくなっちゃって」

 実はサプリメントの会社の経営に加わって、色々と忙しかったのだと上条は目を輝かせた。

「すごい!経営ですか」

「経営ったって共同経営だよ三人の。実は長い間、喘息に苦しんでいた患者が、ここから先は秘密なんだけどね…」

 と上条は声を落とし、昔から血圧を下げると言われてる木の実と、視力を改善すると言われてる薬草を一緒に服(の)んでいたら、すっかり喘息が治ったのだと言った。

「二つの成分を研究してサプリメントを開発した薬剤師が、資本を募って量産に成功したんだよ。僕にも声がかかって、たいした金額じゃないけど出資した」

 商品名は『シズメール』にしたのだと、上条は飲み干したコーヒーカップをずらして、牛乳瓶ほどの大きさのプラスチックの容器をテーブルに置いた。中には白い錠剤がぎっしり詰まっていて、『シズメール』というラベルが貼られている。

「これでひと月分だけど、値段は二千九百八十円なんだよ、どうだい?喘息が治るにしては安いだろ?」

 上条は身を乗り出した。

「でもね、喘息薬として販売しようとすると膨大な手続きと費用がかかって値段が上がる。しかし健康食品なら安い値段で提供できる代わりに効能が謳えない。不自由なんだよ法律が…。そこで随分検討した結果、我々は患者さんに直接説明して買って頂く方法を選んだんだ。ついては、天野クリニックに通う喘息の患者さんの名簿があると助かるんだけど…」

 請求事務を任されている令子さんなら簡単に手に入るだろ?という上条の判断は正しかった。そんな名簿は令子ならパソコンで簡単に打ち出せる。執拗な発作に苦しむ患者さんを救う手助けができるのだと思うと心が動いた。

 一週間後に令子は同じ喫茶店で喘息患者の名簿を渡した。

 三か月ほどすると、待合室の患者たちの間で『シズメール』が話題になった。

「うちにも来ましたよセールスが」

「効きますかね?」

「生薬ですからね、一年続けないと効果は出ませんが、一年経てば確実にアレルギー体質は改善されるようですよ」

「開発のいきさつの説明を受けましたが、間違いなさそうです」

「私は定期購入しましたよ、口座引き落としですから簡単です」

「現に西洋医学では完治しないのですから、試してみる価値はありますよね」

「服む以上は信じないと…疑って服んだのでは効きません」

 令子は上条の活躍の役に立てている自分が誇らしかった。

 小麦粉を主成分とする錠剤を、喘息に効くサプリメントと称して大量に訪問販売した業者が、詐欺の容疑で摘発された事件は、それから一年以上経ってニュースになった。

 逮捕されて警察に向かうワゴンの映像には、一瞬だったが、別人のような上条がカメラを睨み付けていた。