レモンサワー

令和02年01月14日

 障害者の作業所であることを売りにしないで、あくまでも味で勝負したのが良かったのだろう。古民家を改装した五平餅屋は、城下町の景観にすっかり溶け込んで、土日や祝日には焼きが追い付かないほどの盛況ぶりを見せた。餅が焼ける間のつなぎにアルコールの提供を始めたら、これがまた好評で、特にレモンサワーは若い女性客に人気があった。

「生ビールとレモンスカッシュをお願いします」

 立て込んでいるカウンター席で、女子大生風の二人連れから注文を受けた遠藤和代は、生ビールの流れでうっかり注文伝票のレモンサワーにチェックを入れて厨房に通した。

 注文の品をカウンターに運んだとき、

「これってアルコールは入ってないですよね?」

 と聞かれて、和代は意味がよく分からなかったが、はいと答えて、理解できていないことを悟られまいとした。小学校四年生程度の知的能力の和代が、小さい頃から身につけた、その場をやり過ごす悲しい智恵だった。

 一口飲んでアルコールだと気が付いた金子留美は、

「これで帰りは二人とも運転しなくていいわよ」

 いいアイデアを思い付いたいたずらっ子のように、隣の渋谷真理に得意そうにささやいた。

 運ばれた五平餅をスマホのカメラで写し、二人は楽しそうに談笑しながら生ビールとレモンサワーを飲み干したあとで、

「あの…」

 和代に店長を呼んで欲しいと言った。

「つい飲んでしまいましたが、これレモンサワーですよね?」

 それは器の形で孝成にも分かる。

「レモンスカッシュを頼んだのに、困ったわ、これじゃ飲酒運転になってしまう。私、アルコールは入っていないことを、あなたに確かめましたよね?」

 留美はきつい口調で和代に言った。

 和代は、体を小さくしてうつむいている。

 孝成は黙って女性の言い分を聞いた。

 なにぶん本人は知的障害ですので…と言えば事態は変わったのかも知れなかったが、孝成は決してそれを言わなかった。客の前で知的障害を指摘されたのでは和代のプライドが保てない。それに飲み干すまでアルコール飲料であることに気が付かないのは不自然である。

 若いのに、目の前の女性は確信犯だと孝成は思った。

「店の責任で代行タクシーを呼んで下さる?」

「え?どこまで帰られますか?」

「知多半田よ」

 と女性は平然と答えたが、この町から半田市までとなると、タクシー料金は四万円ではきかないだろう。店の半日分の売り上げが飛んでしまう。しかし、呼ぶしかあるまいと孝成は判断した。四万円で和代のプライドが保てれば安いものではないか。ここは四人の知的障害者が就労を通して現実社会の素晴らしさと厳しさを体験するための場所でもあるのだ。

 代行タクシーが着いて二人の女性客が出て行くと、外で順番を待っていた高齢の夫婦が店に入って来た。

「いらっしゃいませ!」

 気を取り直した和代が元気な声で老夫婦を席に案内した。