尾ひれ

令和02年02月09日

 本庁で開催された制度改正の説明会は、例によって、資料を読めばわかる退屈な内容だったが、

「やあ、脇坂、久しぶりだなあ、元気そうじゃないか」

 同期の市川との懐かしい再会は嬉しかった。

 会議の終了後、喫茶店に寄って近況を語り合ったあと、

「お前んところの篠田課長、難しい人だろう?前の職場ではおれんとこの係長だった。一年だけ仕えたが、神経質で参ったよ」

 という市川の言葉に、

「とにかく頭のいい人だからな。初めて課長になって、年上の係長にどこまで任せていいのか戸惑ってるみたいだ」

 脇坂は当たり障りのない返事をしたつもりでいたが、これに尾ひれがついた。

「おい、山崎、この前、久しぶりに県庁で脇坂に会ったぞ」

「脇坂かあ、確か二年前の同期会には来なかったから、四年になるか…。相変らずビシッと決めてたか?」

「ああ、ネクタイなんかグッチだぞ。おれたちとは大違いだ。しかし職場はちょっと大変そうだった」

「大変て?」

 山崎は身を乗り出した。

「篠田って課長がひどく神経質でさ、年上の係長に仕事を任せ切れないものだから、部下は、やりにくくて困ってるらしい」

「神経質って?」

「例えば、細かいことが気になると、一旦決済した書類をもう一度持って来させて修正させるみたいなことじゃないか?」

 市川は当時、自分がされて嫌だったことを脇坂の話に重ねた。

「そりゃあ確かにたまらないな」

 山崎は面識のない篠田という課長より、組織の中を卒なく泳ぐ脇坂が困っている事実が小気味よかった。裕福な実家に住んで、ブランドものに身を包む脇坂の、苦労とは縁のない顔を思い浮かべると愉快ではない。奨学金の返済とアパートの家賃を払えば、軽自動車に乗るしかない山崎と脇坂とは、同期という以外に共通点はなかった。そのひがみか悪意になった。

「私はですね、聞いて下さいよ、係長。たとえ同期でも、自分の職場の批判を安易に部外者にしゃべる人間を許せません。まずは組織の中で改善を図るべきではありませんか」

 神経質な課長と仕事のできない係長の下で、脇坂という同期がうんざりしているという話を、酔った山崎は職場の忘年会で誇張して披露した。それを山崎の課の服部課長が聞いていた。服部は篠田とは同期で仲が良かった。

「おい、篠田、お前んところに脇坂って部下がいるだろう」

 服部はその夜、篠田の携帯に電話をかけた。

「お前が課長の器じゃないから、部下がみんな困っていると外で吹聴してる」

 気を付けろよと忠告されて篠田は耳を疑った、篠田としては脇坂のことを、最近の若者にしては珍しくバランスの取れた優秀な部下として評価していた。

「脇坂くん」

 突然課長に呼び出され、課内のことは不用意に外で話さないようにと注意を受けた脇坂には心当たりがない。

「え?何のことでしょうか?」

 と聞き返したが答えは得られないまま、脇坂は翌春、北のはずれの小さな事務所に単身赴任を命じられた。