負い目

令和02年03月27日

 出欠を決められないまま、返信用葉書を投函する期日が三日後に迫っていた。四年に一度、懐かしい松本で開催されるクラス会に、悦子はこれまで一度も参加していなかった。その悦子をどうしても出席させたくて、

「三十代になった最初の年度だから、全員参加を実現させたいのよ。ねえ、迷ってるのなら是非出席で返事をしてね」

 地元の和菓子屋に嫁ぎ、永年幹事を自負している杉浦雅子から電話がかかって来たが、

「残念だけど、今回も夫の実家の山形へ出かけているのよ」

 全員参加の一言が悦子に咄嗟の嘘をつかせた。

 岸田真紀…。クラス会の案内が届く度に真紀の顔が浮かぶ。

 真紀は、人付き合いの苦手な悦子に声をかけてくれて、中学で初めてできた親友だった。

「私、仲間と群れるより本当の友達が一人いればいいと思う」

 真紀はそう言って登校から下校まで悦子と一緒にいた。お互いの家で勉強もしたし、たまには両親公認で宿泊もした。二人は姉妹のように親しくなったが、他人を寄せ付けない二人の関係は密かに周囲の反感を買った。

 ある日真紀がインフルエンザで学校を休んだ。

「よかったわね、あなたに感染してなくて」

 杉浦雅子が悦子を呼び止めて、

「真紀が一緒だと話しかけるのも気が引けるのよ」

 と声を落とし、

「真紀が休む五日間は私たちの仲間に入ってね」

 とささやいた。悦子は自分が周りからそんなふうに見られていることに驚く一方で、クラスの仲間たちの輪に加わる楽しさに圧倒された。自分を取り囲んでいた壁が崩れたのを感じた。自由な暮らしが五日間続くと、復帰した真紀とこれまで通り接することはできなかった。

「インフルエンザを警戒してるの?」「ねえ、私、何か気に障ること言った?」「よそよそしくする理由があるのなら聞かせて」

 訳が分からない真紀は何度も悦子を問い詰めたが、納得できる返事は得られないまま孤立した。姉妹のように親密だった分、孤立した真紀は表情を失い、誰とも口を利かないで卒業した。

 それが真紀の中で怨みになり、悦子には負い目になった。

 別々の高校へ進み、別々の大学を出て、悦子は東京で団体職員になり、真紀は松本市役所に就職してそれぞれに家庭を持ったが、被害者であるはずの真紀は同窓会に出席するのに、加害者の悦子はどうしても出られなかった。

 私はもう中学のクラス会には出られないのかしら…。

 欠席の葉書を投函したポストの前で悦子は立ちすくんだ。

 それにしても真紀は親友への恨みをどう整理したのだろう…。

 その答えは、クラス会の夜遅く、杉浦雅子からもたらされた。

「ねえ悦子、あなたが一度もクラス会に出ていないという話題になったとき、酔った真紀がこんなこと言ったのよ。市役所でも人間関係で悩むことは多いけれど、負けないで勤めていられるのは、中学時代、悦子から無視された苦しみを乗り越えたおかげだと感謝してるって。だけどそのあとがひどいのよ」

 と雅子は電話の向こうで言い淀み、

「私がいる限り悦子はクラス会には出られないですって…」

 いい年をして大人げないわよねと笑ったが、悦子はまたしても自分を取り囲む高い壁の存在を意識した。