忖度Ⅱ

令和02年04月14日

 K町に降り始めた集中豪雨は翌日も止む気配はなく、山が崩れて大量の立木が川を堰き止めたため、増水した濁流はダム化した川から町に一気に溢れ出た。県庁では各課がテレビをつけっ放しにして気象情報に注目していたが、

「うちに関係があるのは心のケアですね」

 と課長が言い、

「議会開催中ですから、知事が答弁できるように体制を作っておきましょう。震災以来、心のケアはやかましいですからね」

 課長補佐から精神保健係長の成田に指示が出た。

 K町周辺にある精神科の病院や保健所に協力を求め、必要があれば二週間、交代で現地に出向いて心のケアに当たる医師と看護師のチームを複数編成して課長補佐に提出すると、

「議会の質問より先にケアチームの第一陣を派遣しておけば、うちの課に対する知事の評価は上がると思いますが…」

 補佐の提案に課長が頷いて次の指示が出た。

「心のケアチームの派遣について現地に打診してくれたまえ」

「お言葉ですが補佐、派遣は災害が一段落してからの方が…」

「それも含めて現地に聞けばいいでしょう」

 と言われてしまえば部下としては逆らえない。

 打診の結果は成田の予想を超えていた。

「心のケア?あなた、こんなときに何考えてるんですか!畳を上げる人を派遣して下さい!忙しいから切りますよ」

 電話の背後では雨音と共に現場の大声が飛び交っていた。

「補佐、やはり心のケアの段階ではないようです」

「君は、誰に電話したのかね?課長クラスじゃだめだ。こういうときはトップに聞いてみたまえ」

 さすがに町長は政治家だった。

「それは有難うございます。どんな支援でも大歓迎です。時期や方法など、具体的なことは住民課長と打ち合わせて下さい」

 県からの電話を終えると町長は住民課長に電話した。

「県から心のケアチームの派遣について申し出があった。住民課長と話し合うよう答えておいたからよろしく頼むよ」

 住民課長は町長の、よろしく頼むという言葉を曲解した。

「おい、こんなときに心のケアったって対象者はいないよな」

「え!係長、県の申し出は断ったんでしょ?」

「町長の意向じゃ逆らえないだろ」

「…何とかしますよ係長、私にお任せください!」

 町長の返事を聞いた課長補佐に指示されて、成田が改めて住民課長に電話すると、今度は嘘のようにスムーズに話が進んだ。心を病んだ住民が四人いるから、月曜日には心のケアチームに訪問してもらうと言う。

「よし!成田くん、記者発表だ。原稿を頼むよ」

『素早い対応~県、K町に心のケアチーム派遣~』という見出しの記事を読む前に、成田はK町に向かった。ところがK町では思いがけない事態が待っていた。

「訪問は中止です。心を病んだ住民が四人いると新聞に載せたのは誰ですか!小さな町です。県の車を横付けすれば、その家の人が心を病んでいるという噂がまたたくまに広がります」

 誰も心を病んでなんかいないのに、あなたたちが来るというので、懇意にしている住民四人に依頼して訪問を承諾してもらっていたのですよと大変な剣幕で、成田は事態がよくのみ込めないまま県庁へ逃げるように引き返した。